豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 008 | 2020.01.30
お手軽になった金のリサイクル、注意すべきことは?
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

前回の記事では、活況を呈す金のリサイクルの話題を取り上げました。 金は腐食しないので、有史以来採掘された分は、地上のどこかに何らかの形で残っています。こうした“地上在庫”はオリンピックサイズ・プールの約4杯分あると言われ、金価格が上がると、家庭でタンスの肥やしになっていた金が一気に市場に還流してきます。

リーマンショックやギリシャ危機で金価格が1オンス=2000ドル近くまで上昇した時、リサイクルは年間1700トンを超えていました。 2020年は米国の大統領選挙が控えており、さらに英国のEU離脱が難航する欧州、ホルムズ海峡封鎖リスクが顕在化した中東、発射実験を活発化させる北朝鮮など世界情勢も依然不安定なことから、もし金価格が高水準で推移するようなことになれば、リサイクルは1700トンどころか、2000トンに達してもおかしくないと筆者は考えています。 ここ10年ほどで、リサイクルのインフラが急速に発展しているからです。

そこで今回は、金のリサイクル事情についてお話しましょう。

 

 

金のリサイクルは今注目の“成長産業”

 

リーマンショックなどで金価格が急騰した頃から、日米欧の先進国では新しいタイプの金の回収業者が次々と誕生しました。 とりわけ日本では全国津々浦々でサプライチェーンの整備が進み、今や、どこの商店街でも1~2軒は「金買い取ります」という幟を掲げたお店を見かけます。主婦がスーパーに買い物に行く感覚で金を売れるような体制が構築されているのです。

筆者はムンバイ、ドバイ、上海の三大市場にも足を運びますが、これらの大消費地でも、まだ日本ほどリサイクルのインフラ整備は進んでいません。 金の普及率では中国、インドが他を圧倒的しています。しかし、現地の多くの人にとって金は縁起物で家族の運を託す対象ですから、そもそも「売る」という発想がないのです。もちろん、中国やインドにも金の投機的売買をする人はいて、金価格が上がった時には売ってくるわけですが。

金のリサイクルの新形態が日本で急速に発展した背景には、中国やインドのように金を“縁起物”として保有するのではなく、“資産”として真贋をしっかり見極める国民性があるのだと思います。そして、リサイクルがビジネスとして成立すると見るや、「右へ習え」で次々と新しい業者が参入してくるのです。

いずれにせよ、金のリサイクルが今注目の成長分野であることは間違いありません。

前回、「金価格が1オンス=1500ドルを超えてくると、金のリサイクルが級数的に増える傾向にある」というお話をしましたが、今のようなインフラが整備されてから金価格が1500ドルを超えたのは、実は2019年が初めてです。 ですから今後、金価格が1500ドル以上で推移するようなことになれば、リサイクルはリーマンショック時の水準を大きく超えてくるはずです。

 

 

ジュエリーや金製品の買い取りは金の“純分”だけ

 

こういうお話をすると、「どこかに金のお宝がなかったかしら」とタンスの中を探し始める方もいらっしゃるでしょう。 ただし、買い取りの際には注意していただきたいことがあります。 ジュエリーや金製品の場合、買い取ってもらえるのは、そのままの重量ではなく、金の純分だけです。ジュエリー類の金の含有量は多くて75%(18金)。重量が10gでも、純分は7.5gということになります。

地金でも、“純金信仰”の根強い日本の貴金属店などで販売されるものは99.99%以上の純金製ですが、海外には純金ではないものも少なくありません。 純金の輝きは別格ですが、硬度が低いため、流通や保有の過程で型崩れしたり、傷がつきやすかったりします。日本人に比べると取り扱いが丁寧とは言い難い欧米人には、むしろ、少量でも他の金属を混ぜた地金の方が好まれるのです。 とは言え、地金の場合は純度が99.9%でも99.99%でも、1kgとして買い取ってもらえるルールになっています。

今この原稿を読んでいる方の中にも、ひょっとしたら、「金のジュエリーを売って儲けちゃった!」という人がいるかもしれません。 冒頭でお話したように、金は変色したり錆びたりしないので、それこそ“おばあちゃんが娘時代に使っていたネックレス”といった何十年前の代物でも普通にリサイクルできます。 見方を変えれば、金に投資することによって、子どもや孫の代までを見据えた超長期的な資産形成が可能になるということです

例えば、今年生まれたばかりの孫が成長して大学に入学する、結婚するといった人生の節目を迎える時、金を売ってお祝い金を渡すというシナリオも考えられます。 運用期間が長期に渡ると、金融資産は紙切れ同然になるリスクがありますが、金は無価値にはなりません。

近年は世界情勢の影響を受ける形で金価格の値動きも活発になっており、ビギナーは市場の影響を受け難い純金積立で積み立てていくのが王道でしょう。

金ならば、子どもや孫の代を見据えた超長期の資産形成が可能

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。