いつ、どんなことが起こるか分からないのが金融の世界。それを痛感したのが、新型コロナウイルスの感染拡大によって引き起こされた金融危機(コロナショック)です。 2020年2月上旬までは米国のニューヨーク(NY)株式市場ではダウ工業株30種平均が連日、史上最高値を更新していました。それが、一気にトランプ大統領就任時の水準まで急落したのです。どれだけの人が、わずか1か月半後にこのような事態が出来することを想像できたでしょうか。
これだけの規模の金融危機と言えば、まず思い浮かぶのが2008年のリーマンショックでしょう。コロナショックを報じる新聞やウェブサイトの記事でも、「リーマン以来」「リーマン超え」といった見出しが散見されます。 そこで今回は、リーマンショックと比較しながら、コロナショックの特徴やマーケット、投資家などへの影響をお話していきたいと思います。
リーマンショックとは、”異次元”のコロナショック |
「サブプライムローン」という米国の低信用リスク層向けの住宅ローンを証券化した商品が世界中に販売され、ローンが不良債権化すると市場でこれらの商品の価格が暴落、後に「100年に1度」と言われる金融恐慌をもたらしたのがリーマンショックです。
リーマンショックが「銀行を中心とした金融システムを守るための戦い」だったとすれば、3月末までに全世界で5ケタの犠牲者を出しているコロナショックは「人の命をかけた戦い」です。両者はそもそも、次元が違うのです。
さらに、リーマンショックの原因は少なくとも我々プロにとっては周知の金融商品でしたが、新型コロナウイルスについては、この原稿を執筆している時点でまだ有効な治療薬も完成していません。
リーマンショックの際には「マネー」の動きがぱたっと止まりましたが、コロナショックでストップしたのは「人」と「物」の動きです。有効な治療法が見つからない中では、人や物の動きを遮断することが人命を守ることに直結するのです。
3月末時点でニューヨークやロンドン、パリなど世界の主要都市で外出禁止令が出され、インドのように全土封鎖に踏み切る国も出ています。イタリアでは急激な感染者の増加に医療インフラがパンクし、結果として国別で最多の犠牲者を出すことになりました。各国は今、感染者数の上昇曲線をいかに緩やかに抑制して適切な医療を施す体制を保てるかに腐心しています。
インフルエンザウイルスの流行は毎年夏になると終息しますが、新型コロナウイルスは高温多湿のナイジェリアやシンガポールでも増殖していることから、この法則は当てはまらない可能性があります。 かくして終息のメドが一向に立たない中、地球上の多くの人が、出口の見えない不安を抱え、息を潜めるようにして暮らしているのです。
コロナショックの方がリーマンショックよりはるかに複雑で、混迷を深めていると言えるでしょう。
急騰の後の急落は一時的なもの、“見切り売り”ではない |
まさに、こういう時こそゴールドの出番です。 株式や債券だと、発行元に感染者が出るなどの影響で価値が下落するリスクがあります。これに対し、金は希少性という独自の価値を持ち、あまたの危機をかいくぐって3000年という長きに亘り、通貨としての信用を保ってきました。
実際、コロナショックでダウ工業株30種平均が急落した後の3月9日(日本時間)、金価格は急騰して1トロイオンス=1700ドル台に乗せました。しかし、その後は上値が重く、同13日には1550ドルまで下げています。 「なぜ?」と思った方が多いでしょうが、これは我々プロには想定内の出来事でした。
ヘッジファンドなどでは3か月・6か月・1年といった単位で決算が設定されており、そこで運用担当者がコロナショックによる株式の大損失を計上したら、自身の処遇に関わります。そのため、儲かっている金を売却して穴埋めをしたのです。
一方で、個人投資家の中には、信用取引という、言わば借金をして株式を購入している人もいます。こうした人はコロナショックによって「借金を返済しなければならないが、購入した株式も暴落してしまった」という二重苦を抱えることになり、ATM代わりに金を現金化して急場を凌いだわけです。
両者に共通するのは、「金は“見切り売り”ではなく、未練たらたらで泣く泣く売られている」ことで、その証拠に、下がったところではすぐに買い戻しが入っています。事実、その後、1400ドル台まで下がった金が、2日間で1700ドル近くまで戻すというドラマチックな局面もありました。これは極端な値動きですが、金価格の上昇トレンドが再確認される結果になっています。
リーマンショックの際も、こうした換金売りによって金価格は30%近く下落しています。しかし、その後は値ごろ感から急騰し、当時の高値だった1000ドルを超え、2011年9月のギリシャ危機の時には1923ドルの史上最高値を記録したのです。
長年相場を見てきた我々からすれば、こうした急騰後の換金売りの時こそ“買い時”で、実際にプロは金を買い増しています。
換金売りが一巡した後、金は本格上昇に転じる可能性がある。
Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak