豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 020 | 2022.02.25
年金カットの時代、老後資金を減らしたくないなら「金」
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

2022年4月から高齢者への国の年金支給額が0.4%引き下げられます。コロナ禍で年金保険料を納める現役世代の収入が減ったことが大きな理由ですが、2年連続のマイナス改定に「今後も年金は減少し続けるのかしら」と不安を覚えた人も少なくないでしょう。

読者の皆さんの最大の関心事は「今加入している年金だけで自分の老後は大丈夫なのか」ということに尽きるかと思います。このテーマについては、筆者もパネルディスカッションなどに登壇して議論する機会が何度もありました。面白いのは多くのディスカッションで専門家の意見が真っ二つに分かれたことです。

「大丈夫」と言うのは主として公的機関や企業などから請け負って年金の啓発活動を行っている人たちです。「最低限の年金は出ますから、それをどう運用するかです。」というのが彼らの意見。これに対し独立的な立場で仕事をしている筆者は「大丈夫なだけの年金なんて出るわけないじゃないですか。」と明け透けな物言いをします。すると会場内はたちまち水を打ったようにシーンとしてしまいます。参加者は大丈夫派の話を信じたいけれど、そうではないことに薄々感づいているのです。

 

円の購買力はこの先もどんどん低下?

 

今、日本の中央銀行である日本銀行は、とんでもない量の紙幣を刷って、ばら撒いています。日本の経済規模GDP(国内総生産)は米国の約4分の1ですが、ばら撒いているお金の量はほとんど変わりません。しかも米国の日銀に当たるFRB(米連邦準備理事会)は2022年限りでこのばら撒きを止めると宣言していますが、日銀は継続の意向です。そもそも日本にとってここはある種の聖域で、日本銀行の黒田総裁が「いついつまでにばら撒きを止めます」と表明したら日本企業の株価が暴落しかねず、続けていかざるを得ないのです。

ですから、名目上の年金額は今後も維持されていくかもしれませんが、その価値が目減りしていく可能性は極めて高いと言えます。これまでの歴史を振り返っても、円の購買力は徐々に低下してきています。1月下旬の日本経済新聞に円の総合的な実力に関する記事が掲載されていましたが、それによると国際決済銀行(BIS)が発表した2021年12月の日本の実質実効為替レート(特定の国の通貨の価値が世界の主要通貨に対して相対的に高いか低いかを示す総合的な指標)は約50年ぶりの低水準で、トルコやアルゼンチンに次ぐ安値圏となっていました。その結果が今の円安です。巨額の紙幣を発行する現場で仕事をしていた元日銀マンが筆者のところに相談にやって来て「大切な退職金を円で置いておくのは不安だから、金やドルで運用したい。」と言うのを聞くと背筋が寒くなります。

さて、日本は少し前まで「物価が上がらない国」と言われていましたが、さすがに最近はガソリン価格が急騰したり、食料品の値上げが相次いだり、米国を中心とする海外のインフレが波及してきています。これを受けて最初に動き始めたのが、企業の年金基金でした。インフレヘッジのために年金の運用に金を組み込む動きが出てきたのです。

企業年金の加入者が年金を受け取るのは20~30年先ですから、年金基金はそこを見据えて超長期の運用をしなければなりません。そうした立場で一番困るのが、前述のように年金の価値が目減りしてしまうことです。仮に年金額が同じ10万円だったとしても、20~30年先の物価が倍になっていたら購買力は半減します。年金受給時も最低限今と同程度の購買力が保てるようにしていく必要があり、それは年金運用の宿命とも言えます。

 

 

インフレに勝った実績を持つ「金」に期待

 

インフレヘッジで金に白羽の矢が立ったのは、金には通貨として何千年もの歴史があり、なおかつ1970年代のオイルショックの際はインフレに勝った(物価上昇率をはるかに上回って上昇した)などの実績があるからです。2021年12月の消費者物価指数(CPI)が前年同月比で7%上昇を記録するなど、インフレが進む米国では数年前から大きな年金基金が金を運用対象に組み入れています。

そういうわけで、この数か月というもの筆者の仕事で一番多いのが、企業の年金基金から金に関するレクチャーを頼まれるというものです。レクチャーの相手は主として、企業年金の運用先を決めたり、定年後の受給手続きを行ったりする部署にいる人たちです。筆者が当惑したのは彼らが揃って口にする質問が金価格の動向などではなく「よそさんはどうなんでしょうか」だということです。この横並び意識はいかにも日本のサラリーマンらしいと思います。

2022年中には誰もが知る有名企業が企業年金の運用に金を採用するといった記事が出てくる可能性が高いでしょう。しかし日本企業の体質を考えると金の採用が拡大するにはもう少し時間がかかりそうです。読者の皆さんは会社が動くのを待つより「自分年金」のつもりで純金積立を始めておくと良いでしょう。

老後資金の積み立てと言えばiDeCo(個人型確定拠出年金)が人気で、近年は年間40万人ペースで加入者数を伸ばしています。ただiDeCoの運用対象は国の年金や企業年金同様に国内外の株式や債券が中心で「iDeCoに入っていれば老後は大丈夫」とは言い切れません。老後資金を目減りさせないためには、一部をインフレヘッジ機能の高い金で持っておくのが安心です。筆者は総資産の10%程度が目安と助言しています。

円の価値は今後も下がる!? 資産の一部をプラス純金積立で「自分年金」をつくるべし

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。