豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 007 | 2019.12.26
金価格の上昇で注目される「金のリサイクル」
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

先日、テレビのワイドショーに出演し、「あなたの家に眠っている“お宝金製品”が高く売れるかもしれませんよ。」という話をしました。後で聞いたのですが、番組放映時から各地の貴金属店では問い合わせの電話が鳴りっぱなしだったそうです。

女性向けのジュエリーをはじめとして、家庭内の金製品もしくは金と思しき製品は意外と多く、視聴者の皆さんは「うちにもある!」、「お小遣い稼ぎができるかも!」と考えたのでしょう。 思いがけぬ反響に、筆者自身が一番驚いた次第です。

 

 

金にはプール約4杯分の「地上在庫」がある

 

金はイオン化傾向が高く酸化しにくい性質を持っており、変色したり錆びたりしません。ですから、“おばあちゃんが娘時代に使っていたネックレス”といった年代物でも十分リサイクルが可能です。 古代エジプトのファラオ(国王)・ツタンカーメンの黄金のマスクが、3000年以上を経た現在でも美しい輝きを失っていないのが好例でしょう。 結果として有史以来、採掘された金は必ず、何らかの形で地球上のどこかに眠っているということになります。これを専門用語で「地上在庫(Aboveground Stock)」と呼ぶのですが、現在では地上在庫は約18万トンに上り、オリンピックサイズ・プール(国際水泳連盟が定めた近代オリンピック仕様のプール)で約4杯分と言われています。

金価格が上昇してくると、冒頭の話ではありませんが「手持ちの金貨やジュエリーを売ろうかしら」という人が多くなり、地上在庫が徐々に市場に還流してきます。2019年(特に高値圏であった年後半)は、こうした現象が日本に限らず、世界中で同時多発的に起き、足下、リサイクルの数字は増加傾向にあります。 金はスマートフォンやパソコン、家電などの工業製品にも幅広く使われており、こうしたものも商品としての寿命を終えた後、スクラップとして回収されます。

「金価格の変化がリサイクルの動きに影響を与える」ことは統計的にも証明されており、リサイクルは金価格が安いと年間1100トンくらいで推移しているのですが、リーマン・ショックやギリシャ危機で金価格が1オンス=2000ドル近くまで上昇した時には1700トンを超えてきました。 金の年間生産量は3300トンほどですから、価格上昇時のリサイクル量はその2分の1以上に匹敵するわけで、強い需給要因になります。

 

 

 

1500ドルを超えるとリサイクルが級数的に増加

 

そこで筆者が注目しているのが、金の現物市場であるムンバイの現地金価格と、ロンドンの国際金価格との差(スプレッド)です。 金価格が上昇して現物需要が減り、一方でリサイクルが増えて“ゴールド余り”の現象が生じると、ムンバイの金価格はロンドンの“世界標準”よりも割安になります。このことを我々プロは「ディスカウントになる」と言っています。 ムンバイで余った金は金価格の高いロンドンへと流れるのですが、金は輸送に時間がかかるため、その間にムンバイとロンドンで「一物二価」の状態が生じるのです。 このディスカウントの幅が拡大すると、プロ視点からは、「中期的に価格の調整局面があるので売りサイン」ということになります。 実際に、2019年の事例でもディスカウント幅が1オンス=60ドルを超えたところが、中期的には1560ドルという金価格のピークになりました。その後、1450ドル水準まで反落すると、このディスカウントは解消しています。これは中期的に底入れのシグナルになります。 毎日の相場情報はどうしても、動きの激しいニューヨーク(NY)の先物やETFに偏りがちです。しかし、市場の中期的なトレンドを決めるのはムンバイやドバイ、上海などの需給要因で、こうした新興国市場への目配りも重要です。

さて、金のリサイクルにはひとつの“目安”があり、金価格が1オンス=1500ドルを超えてくると、前述した18万トンの地上在庫から、金のリサイクル量が級数的に増える傾向があります。 2020年以降も金価格が1500ドル以上の高い水準で推移すると、リサイクル量はリーマン・ショックやギリシャ危機の頃の1700トンどころか、2000トンを超えてくるのではないかと筆者は推測しています。 背景には、金のリサイクルのサプライチェーンがこの10年ほどで急速に整備されてきたことがあります。

リサイクルのサプライチェーンと、具体的なリサイクルの方法については、次回で詳しくご紹介したいと思います。

金価格が上がっている時は“お宝金製品”を高く売るチャンス

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。