豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 016 | 2021.01.28
バイデン新政権下で金価格はどう動く?
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

2021年1月20日、米国ではジョー・バイデン新政権が発足しました。熾烈を極めた大統領選の結果、政権交代が確実になったのを受けて、金価格はいったん下落したものの、その後反発しています。

では、バイデン政権下の4年間で金価格はどう動いていくのでしょうか。 結論から言うと、筆者はさらに上昇するのではないかと見ています。強気の理由はふたつあって、ひとつがバイデン政権の「経済政策」、そしてもうひとつが「増税」です。 以下、詳しく説明していきましょう。

 

リフレ政策の先読みで上がる金市場

 

まずは、市場が注目するバイデン政権の経済政策から。キーワードは「リフレ」です。
リフレとは「リフレーション(reflation)」の略で、簡単に言うと、政府が大規模な財政出動を行い、中央銀行がお金をばら撒くことにより景気を浮揚させる政策のことです。

バイデン政権は経済政策において、総動員で景気を引き上げ、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)により打ちのめされた米国経済を再び活性化させようとしており、そのカンフル剤として数兆ドル規模の大型財政支出が予定されています。

リフレはバイデン政権に限らず、民主党の伝統的な経済政策です。
民主党は「大きな政府」、共和党は「小さな政府」志向だとよく言われます。前者の「政府が積極的に関与して大規模な経済政策を行うべき」という主張に対し、後者は「民主党流では財政赤字が膨らむばかり。それよりも減税で企業の設備投資や個人の消費支出を増やして経済を活性化させればいい」というスタンスです。
これが金が買われる要因になるのです。

バイデン政権のリフレ政策は、株式市場からは「お金をたくさん使ってくれるなら、株式は買いだよね!」と好感されます。
しかし、金市場では少し事情が異なり、「そのお金は誰が払うの?政府の巨額な借金のツケは、最終的には国民に回ってくるんでしょ?」という見方をされます。国債が増発され価値が低下すると、リーマンショックの時のように米国債の格下げがあるかもしれません。そうなれば米国債は暴落し、投資マネーはソブリンリスク(国家の信用リスク)のない金に流入することでしょう。
パンデミックの非常事態とは言え、低成長下で“異次元の金融緩和”が継続されていることへの懸念もあります。お札をたくさん刷ってばら撒くことでお金の価値が薄まってしまうという不安から、中央銀行でも絶対に刷れない希少金属の金が注目されるのです。

バイデン政権のリフレ政策をダイレクトに評価する株式市場に対し、金市場ではその副作用が危惧され、金が買われる。金市場の方が先を読んでいるという見方もできます。

 

増税議論で再び2000ドルを試す展開に

 

金価格の上昇を予想するもうひとつのポイントがバイデン政権による「増税」です。 新政権の政策綱領には、トランプ政権下で35%から21%まで下げられた法人税を28%に引き上げるとあります。

バイデン政権は国債を増発しながらも、増税で歳入を増やすことを目指しています。この増税は単に税率を上げるという話ではありません。富裕層や企業からお金を吸い上げ、中間層や低所得層に再配分することを考えているのです。 これには賛否両論があります。
米国の有権者の多くを占める労働者家庭や中間層は歓迎ですが、法人税が上がれば企業業績の悪化は必至ですから、株式市場は嫌気して株価が下がります。

新政権の発足当初は“バラ色の未来”ばかりが語られがちですが、2021年後半になれば、そろそろ公約した増税の議論を始める必要が出てきます。そうすれば株価は下がり、金価格は上がるでしょう。

結果として金価格は2021年も上昇し、国際金価格が再び1トロイオンス=2000ドルの高値を試す展開が予想されています。
筆者も大筋ではこの見方に賛成ですが、今後注視したいのがバイデン政権の対コロナ政策で、これが金価格の行方を左右する潜在的な要因になると考えています。

仮にワクチンが予想を上回る効果を発揮して猛スピードで普及し、2021年後半に人類が新型コロナウイルスの脅威から解放されるような事態になれば、バイデン政権は緊縮財政&金融引き締めへと軸足を移し、米連邦準備理事会(FRB)や日本銀行がばら撒いたお金の回収に向かう可能性もないとは言えません。

2020年に金が大きく買われたのは未知なるウイルスへの不安要素が大きかったわけですから、コロナ禍が終息した時点で金の“コロナ相場”はひとまず終了し、場合によっては金価格が大きく下落する局面もあるかもしれません。 しかし、それは“歓迎すべき下落”と言えるのではないでしょうか。

筆者はよくセミナーなどで、「金の現物は長く持って、その間、役に立たないのが一番」という話をします。株式や債券などへの投資の“リスクヘッジ”である金の出番は、本当ならない方が望ましい。しかし、08年のリーマンショック以降、リスクの顕在化によって価格が上昇する局面が多いのが悩ましいところです。

バイデン政権の4年間も、長期的な視点では“強い金相場”が続く

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。