豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 021 | 2022.05.30
「史上最高値更新ラッシュの国内金小売価格」と円安の関係とは?
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

2022年は円建ての国内金小売価格が初めて1g=8000円の大台を突破して、その後も次々と史上最高値を更新する展開となり、NHKのトップニュースで扱われるほど世の中の関心を集めています。背景には米国を始めとする世界的なインフレの中で「インフレヘッジの金」が買われ、さらにロシアによるウクライナ侵攻を受けて、「有事に強い安全資産としての金」が買われている状況があります。

とは言え、ニューヨークの金先物価格も高い水準で推移してはいるものの、2020年8月に付けた最高値(1トロイオンス=2089ドル)を超えてはいません。なぜ国内金価格だけがこれほど強い上昇基調を示しているのかと言うと、ドル円相場で円安が加速しているからです。金の国際価格はドル建てですから、円建ての国内金価格は円高になればその分安くなり、円安になればその分高くなります。

1ドル=126円を超える円安水準は2002年以来、実に20年ぶり。読者の皆さんもここにきての急激な円安が気になっていることと思います。そこで今回はこの円安の背景について考えてみましょう。

 

20年ぶりの円安をもたらしたふたつの短期要因

 

円安は短期要因と長期要因に分けて考える必要があります。目先の国内金価格を押し上げている短期要因は大きくふたつあります。

ひとつは「米国と日本の金利差」です。水は低きに流れますが、投資マネーは金利が高い国へと流れます。米国はゼロ金利解除の段階に入り、中央銀行が定める政策金利は0%から0.25%になっています。FRB(米連邦準備理事会)の計画ではこれを年内に2%に引き上げる予定です。一方で日本銀行の黒田総裁は「ゼロ金利政策を今後も継続する」と明言しています。片や2%、片や0%ですから、外国為替市場ではドル買い、円売りが進むというわけです。

もうひとつは「貿易収支」の問題です。日本は資源輸入国で原油を例にとれば、輸入額ベースで9割以上をサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)など、中東に依存しています。原油価格(WTI原油先物)は2020年4月に1バレル=マイナス40ドルという史上最安値を付けましたが、コロナ禍に起因する原油不足で2022年に入って100ドルを突破しました。しかし、消費者にとって車のガソリンは生活必需品ですから、価格が高騰したからといっても使わないわけにはいきません。結果として、これまでと同じ量を輸入せざるを得ず、貿易における“日本の家計簿”は大幅な赤字になっているのです。貿易赤字国の通貨は売られます。

ただ我々プロからすると、今挙げたふたつの要因についてはある程度先が見えています。年内130円前後まで円安が進みそうですが、その辺りがピークとなるでしょう。

一方で、ウォール街で働く金融関係者と話をしていて気になっているのが「日本の円安は一過性のものじゃないんじゃないの?」という指摘です。先ほど長期要因と言ったのがこの問題で、欧米マネーによる「日本売り」を指します。筆者個人としては非常に不気味な動きと感じています。

かつては「世界一の技術大国」と称賛された日本ですが、今や国内には米国のGAFAM(グーグル〈アルファベット〉・アマゾン・フェイスブック〈メタ〉・アップル・マイクロソフト)のような巨大IT企業は存在しません。むしろ日本企業の根源的な生産性の低さが嫌気され、“見切り売り”されているのです。先進国の中でトップを走る少子高齢化の問題も深刻です。米国のように労働人口の減少を移民で補おうという意識もなく、このままでは日本経済は先細るばかりではないかという懸念があります。

そう考えると5年後の2027年にドル円相場が150円周辺まで動いても何ら不思議はないように思います。筆者は360円の時代を知る世代ですから「そんなものか」と思いますが、今の現役世代にとって150円は“未知の領域”です。

長期的にはドル建て金価格自体も上がっていきそうです。2008年のリーマンショック後に日米両国は量的緩和、つまり“お金のばら撒き”を始めましたが、コロナ禍でその第2弾を実施し、ばら撒いたお金は米国が約9兆ドル(約1100兆円)、日本が約740兆円まで積み上がっています。米国は回収作業に入ろうとしていますが、そう簡単な話ではなく、筆者は量的緩和の後始末は相当長引くのではないかと見ています。となるとドルや円の価値は希薄化し、現物資産である金の価格が相対的に上がっていくことになり、いずれはドル建て金価格が3000ドルを突破する可能性もあると考えます。あくまで長期の話ですが。

 

 

老後の備えに金、年金基金を金で運用する時代

 

最近は対面のセミナーが増えてきましたが、そこでよく聞かれるのが「そろそろ純金積立を換金した方がいいでしょうか?」という質問です。それに対して筆者はこのように答えています。「物価上昇や住宅ローンの返済で家計が苦しいというのであれば、一部を換金して補填すべきでしょう。本来そうした“家庭内有事”の備えとして積み立ててきたわけですから。しかし、すぐ使う必要がない人なら売り急ぐ必要はありません。誰にでも老後はやって来ます。その時に備えて長期的な視点で積み立てを続けるのが賢明かと思います。いずれはコロナやインフレもピークを超え、経済は徐々に安定してくるでしょうが、あなたの老後までにアジアの中の日本経済がどうなるかは専門家でも見通すことはできませんから。」

中にはこれから純金積立を始めたいという人もいます。ロシアによるウクライナ侵攻は長期化しそうですし、円安傾向も続きますから、当面国内金価格が大きく下がることは考えづらいでしょう。とは言え高値圏ですから、筆者は地金や金貨をまとめ買いするより、少しずつ積み立てて行くことを勧めています。老後資金形成のために純金積立をするのなら、まずは月額3000円程度から始めるのが良いでしょう。それを1年も続ければ、土地勘のような感覚も醸成されてきます。それから本格的に積立額を増やしても遅くはないのです。

なお、インフレが心配で金を買っているのは個人だけではありません。例えば年金基金。読者の皆さんは公的年金や勤務先の企業年金に加入していることと思います。日本の企業年金では既に運用資産に金を組み入れる事例が増えています。加入者が実際に年金を受け取る20~30年先に年金の価値が目減りしてしまわないよう金でインフレヘッジをしているのです。そう遠くない将来日本の公的年金も米国のように金を組み入れるかもしれません。

まずは「かけ湯」から始めよ。この時期に純金積立を始めるなら、まずは月額3000円から。慣れたら状況を見て増額するが良し。

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。