豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 024 | 2023.02.27
日本人の老後資金づくりに「インフレ対策」が欠かせない理由
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

前回のこのコラムで「長期化する円安」に個人ができる唯一の対策とは?というお話しをした後、円は1ドル=120円台まで値を戻しました。一方で国内でもインフレが進み、2023年1月の東京都区部の消費者物価上昇率は4.3%(速報値生鮮食品を除く)と41年8か月ぶりの高水準を記録しています。個人投資家向けのセミナーでは「歴史的円安は終わり、円高に戻るのでしょうか?」や「4月に日本銀行の総裁が変わってもインフレが続くのでしょうか?」などの質問をよく受けます。

振り返れば2022年は米国で急速なインフレが進行しましたが、日本の物価には大きな変化はありませんでした。FRB(米連邦準備理事会)がインフレを封じ込むために大胆な利上げを行ったのに対し、日銀はデフレ政策(超金融緩和)を継続。結果として米国と日本の金利差がみるみる拡大し、投資マネーが金利の高い通貨(ドル)へと流れ、一時的に150円を超える歴史的円安を招いたのです。

これに対し2023年は少しばかり様相が異なります。主要国のインフレはそろそろ頭打ちになってきました。しかし周回遅れの日本はまさにインフレが現在進行中。電気料金や食料品などの値上げが庶民の家計を直撃しています。読者の皆さんもこのインフレがどこまで続くのか気になっていることでしょう。そこで今回は為替やインフレと金の話をしていきたいと思います。

 

日米の金利差は埋まらず長期で円安が続く

 

2022年は「本格円安元年」であり、日本は円高から円安、デフレからインフレの時代に突入しました。ドル円相場が120円台になったと言っても長期的な視点では円安であることに変わりありません。一時的に値を戻したのは円を売っていた投機筋が利益を確定したからで、この先105円、100円となっていく可能性は低いでしょう。日米の金利差はそう簡単に埋まらないからです。

金利は国の経済のダイナミズムや稼ぐ力を反映します。消費意欲が旺盛な米国人はパーティーやゴルフなどを楽しみ、いろいろなモノをネットショッピングで買い込みます。米国ではGDP(国内総生産)の実に7割近くを個人消費が占めている※1のです。これに対し日本の個人投資は、日本人のDNAに「節約は善、浪費は悪」という考えがすり込まれているため、近年は専ら訪日外国人観光客の爆買い頼みです。

少子高齢化で人口が減っているのも経済にはマイナス。にもかかわらず日本は移民の受け入れにも消極的です。日本の企業も構造的な問題を抱えていて、日銀がお金をばら撒いても、そもそも借りる力がなかったり、借りてもうまく使えなかったりして、タンス預金のごとく内部留保を抱え込むだけです。アップルのようなクリエイティビティの高い企業は日本でなかなか出てきません。

経済のダイナミズムや稼ぐ力がある米国。一方で稼ぐ力に欠け、少子高齢化を放置してきた日本。どちらの通貨を買うべきかは火を見るより明らかで「円を持っていても仕方がない、これからはドルを持たないと」という投資家心理が働いたことも2022年秋の歴史的円安の一因となっています。

ですからメディアがやれ今度は円高だと騒ぐのは杞憂に過ぎないように思います。前回お話ししたように「日本人は資産を円だけで持つのでなく、ドルや金の比率を増やすべき」という筆者のスタンスは変わりません。筆者自身も資産の半分以上はドル建てで、それを変えるつもりもありません。

※1 出典:CEIC Data, 米国 個人消費(対GDP比)(https://www.ceicdata.com/ja/indicator/united-states/private-consumption--of-nominal-gdp)

 

 

これからはインフレがニューノーマルに

 

円安時代に入った日本、その結果が今のインフレです。日本は「デフレの国」と言われてきましたが、今後はインフレがニューノーマルになるでしょう。最大の理由は日本が資源国ではないことです。円安が続けば原油や小麦などの輸入価格は上がっていきます。資源を外国に頼らざるを得ない日本では「輸入インフレ」が不可避なのです。

日本の高齢者人口のピークは2042年頃※2と予想され、その後は人口ピラミッドが大きく変わります。その頃の日本人の消費性向は欧米のように高くなると筆者は見ています。日銀はこれまでデフレマインドの強い日本でインフレ率を上げるために超金融緩和を行ってきたわけですが、そうなると次の次の総裁の頃には逆にばら撒いたお金を回収する必要が出てきます。かくしてインフレは今後の日本経済に背後霊のようにつきまとうのです。黒田総裁が辞めたらといった一時的な話ではありません。老後資金などの長期の資産形成においてはインフレ対策が欠かせなくなるでしょう。

※2 出典:内閣府(2022)令和4年版高齢社会白書 1 高齢化の現状と将来像(https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2022/html/zenbun/s1_1_1.html)

 

 

不動産と金はインフレに強い二大実物資産

 

インフレとはモノの値段が上がることですから、それに強いのは「実物資産」ということになります。日本では実物資産のファーストチョイスは不動産です。コロナ禍でも「不動産神話」は健在で、不動産さえ持っていれば大丈夫という考えが根強くあります。

アパートやマンションに投資して賃貸収入を得る不動産投資は初期コストがかかるのがネックですが、近年は証券化されたREIT(不動産投資信託)など、身の丈に合った金額で売買できる商品も出てきています。REITへの投資もひとつのオプションですが、REITにはオフィスビル、住宅、商業施設、物流施設、ホテル、ヘルスケア施設など、さまざまな投資対象があり、それぞれに当たり外れがあることは理解しておきましょう。

さらに、ETF(上場投資信託)にも不動産関連の銘柄を集めたものがあります。プロが選定した複数の銘柄で運用する不動産ETFなら、仮に一部の銘柄が下落しても他の銘柄の値上がりでカバーできる可能性があります。

同じ実物資産でも不動産の対極にあるのが金です。金もインフレに強い金融商品として知られていますが、保有していても利息や配当を生まないゆえ「不毛の資産」と呼ばれます。しかし有限資産である金には不動産と違って安定した希少価値があります。古代エジプトのツタンカーメン王の「黄金のマスク」に象徴されるその価値は人類の歴史の中で何千年もの間保持されてきました。

インフレ対策となる実物資産の不動産と金はそれぞれに長所と短所があるため、両方を持っておくのがよいでしょう。筆者のお勧めはドルコスト平均法効果で平均購入価格を抑えることのできるREITや不動産ETFの月次定額購入と純金積立です。

 

 

金の国内小売価格はいずれ1万円を超える?

 

これまで金は資産ポートフォリオにおける株式の「ピンチヒッター」でしたが、インフレが拡大する中で「レギュラーポジション」を確保した観があります。そうした中で2023年1月には国内小売価格が前年に続いて史上最高値を更新しました。

貴金属商の店頭ではお客さんの大半が手持ちのバーや金貨を売っています。国内小売価格は1999年9月には一時1000円を割り込んでいましたが、21世紀に入って2000円、3000円、4000円とぐんぐん上昇しました。そして9000円の大台に迫る今、2000円や3000円台で買っていた人が利益確定のために売り急ぐ気持ちは分かります。

しかし、さらなる上昇を期待して売り控える人もいて、金を売る動きも間もなく一巡するでしょう。興味深いのは、この高値圏でも金を買いたいという声がセミナーなどで聞こえてくることです。多くは就職氷河期世代の30~40代で、そのうちのひとりから「少し前まで国内小売価格は2000~3000円台だったと言いますが、自分にとっては歴史上の出来事です。」と聞かされ、なるほどそういうものかと思いました。

筆者自身、国内小売価格は今後10~20年のスパンでは1万円、そして1万5000円を超えていくと見ており、投資の最前線であるセミナーの熱気はそれを裏付けるものです。もちろん目先は下がったり、低迷したりする局面もあるかもしれませんが、これまでお話ししてきた円安、インフレの流れの中で有限資産である金の価値は上がっていかざるを得ないでしょう。

さて、間もなく旅立ちの春ですが、このコラムも今回を以て終了となります。長い間ご愛読いただき、ありがとうございました。なお、GOLDPARKの“豊島逸夫の手帖”では引き続きブログを掲載しています。是非ご覧ください。

長期投資では、不動産と金の二大実物資産で円安&インフレに備えよ。

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。