豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 017 | 2021.05.28
金価格が2021年後半から上昇すると考えられる2つの理由
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的大流行)が長期化しています。 日本では4月に菅義偉首相が訪米した際のファイザー社との交渉により、9月までには全人口分のワクチンが確保できる見込みです。接種の進んだ米国や英国に比べると“周回遅れ”の感は否めません。とは言え、ワクチン接種が進むにつれウイルスへの恐怖感は薄れてきますし、失われた日常が戻れば日本でも米国でも外出自粛でマグマのように溜まった需要が溢れ出しそうです。

特に米国では今年後半のバブルを予想する専門家が少なくありません。米国債の金利も上昇してきています。10年債の利回りは、昨年の最低値0.5%から1.5%以上へと約3倍になりました。こうなると「コロナの危機が去るなら、もう金で備えなくてもいいよね」、「国債を買って1.5%で運用できるのなら、“ゼロ金利”の金に投資する必要はないよね」というような楽観論も聞こえてきます。

本当にそうでしょうか?筆者はむしろ「コロナ関連での金の本当の出番はこれから」と確信しています。以下、その理由をご説明しましょう。

 

2022年は“コロナ借金”のツケを払う年

 

コロナのパンデミック(世界的大流行)については、疫学的には年末にかけて徐々に終息に向かうと思われますが、マーケット視点ではむしろこれからがコロナ禍の本番と考えられます。

まず1つ目の理由は、コロナ対策で各国の政府や中央銀行が、未だかつてない規模の財政出動や金融緩和、つまり“お金のばら撒き”を行ってきたことです。一律10万円の特別定額給付金しかり、事業者向けの持続化給付金しかりです。給付金は本当に必要としない人にも支払われ、余ったお金が株式市場に流入して“コロナ相場”で株価が大きく上昇するという流れを生みました。しかし、コロナ禍が終息に向かえば、当然これ以上の給付金は出ませんし、失業給付の上乗せや事業者への赤字補填もなくなります。そしてその後はこの巨額のばら撒きの回収作業が待っています。「ばら撒き=国の借金」のツケを払うのは国民なのです。

特に米国では今年7~12月期がコロナからポストコロナへの移行期ですから、給付金などの“いいとこ取り”ができます。結果的に1~6月期の落ち込みから爆発的な復活を遂げる公算が大でしょう。しかし、筆者は好景気が続くのはせいぜい年末までと見ています。IMF(国際通貨基金)も「米国も日本も今年より来年の方が経済成長率は下がる」との予測を発表しています。年が明けると「あ~あ、これから借金の支払いか」という脱力感がマーケット全体を支配する可能性があるのです。しか も、22年は21年と違って国からの支援なしに民間主導でやっていかなければいけません。経済が悪化し、株式市場は売りに転じて、流出した投資マネーが金へと向かう可能性があります。この結果、金市場には年後半に大きな潮目の変化が起きそうです。早ければ12月にも本格的な金の出番となるかもしれません。

 

米国債格下げで信用リスクのない金が買われる

 

コロナ以前の米国では「国の借金が1兆ドルを超えた」と大騒ぎしていました。それがコロナ対策で米国の“財政大盤振る舞い”は既に5兆ドルを超え、最終的には7兆ドルに上るという予想も出ています。我々プロでもあっけに取られるほどの額で、こうなると懸念されるのが米国債の格下げです。これが金価格再上昇の2つ目の理由になります。

日本国債を買っているのは主として年金基金や生命保険会社など日本の機関ですが、米国債の購入先はトップが日本、次が中国でともに残高は1兆ドルを超えています。米国債は外国頼みなのです。しかし、借金漬けの国の“借金証文”たる国債を買いたいと思う投資家がいったいどれくらいいるでしょうか。結果的に米国債の買い手は減少し、格付け機関が米国債の格付けを引き下げる可能性があります。

2008年のリーマンショックの後、金暴騰の引き金となったのも米国債の格下げでした。あの時と同じように22年にも米国債の格下げによる米国発の金融ショックが世界を駆けめぐる可能性がないとは言えません。となると当然株価は暴落しますし、国債も買える状況ではないでしょう。そこで浮上するのが発行体がないゆえに信用リスクから独立した金です。事実リーマンショック後、金は当時の史上最高値を更新しました。

信用は金利にも影響します。財政赤字と国際収支の赤字という「双子の赤字」を抱える米国の国債は、今でこそ10年債が1.5%程度で推移していますが、今後は債権者となる投資家から5%、あるいは10%といった高水準の利回りを求められる可能性があります。投資家からすれば「国の信用が低下しているのだから、それに見合った金利を払ってもらわないと困ります」となるわけです。信用不安が大きいほど金利は上昇します。11年のギリシャ危機の際、破綻の危機に瀕したギリシャ国債の利回りは30%を超えていましたが、それでもなかなか買い手がつきませんでした。

景気が回復し、企業の資金需要が高まるにつれて貸し出し金利が上がるのは「良い金利上昇」です。これに対し、先ほどのギリシャのようなケースは「悪い金利上昇」と言えます。筆者は今年後半のどこかで良い金利上昇から悪い金利上昇への転換が起こると考えています。そうなると「米国の国債や米ドルよりも、金の方が信頼できる」と金が買われる展開になるでしょう。

最近のセミナーでは「金価格のボトム(底値圏)はいつまでですか?」と聞かれることが増えました。そういう質問をされる人は大きく2通りに分類できます。まずは、昨年の金価格上昇による成功体験を持つ人。そして、昨年の金の大相場に乗り損ねた人です。言い換えるなら「夢よ、もう一度」と「今度こそ」。そういう人たちが今、少しずつ金を買い始めています。理屈ではなく、あくまで現場での実感ですが、長くこの世界にいると実はそうした相場勘が侮れないように思うのです。

ポストコロナで金価格上昇の可能性、ボトム圏の今は金投資を始める好機

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。