豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 018 | 2021.08.30
いま騒がれるインフレの正体と「インフレヘッジの金」への期待
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

2021年の春以降、我々市場関係者がコロナの動向とともに注視しているのが、米国を中心に起きているインフレです。インフレとは簡単に言うなら物価が上がり過ぎることで、実際、米国の消費者物価指数(CPI)は、この5月以降5%台で推移しています。インフレは世界的な広がりを見せており、日本でも一部の物価が上昇し始めています。

昭和期のバブルを経験していない30代以下の世代は、5%の物価上昇と聞いてもピンとこないかもしれません。1990年代から2010年代にかけて日本経済はインフレとは無縁で、むしろインフレの対極にあるデフレが長期化し、日本銀行は2%のインフレ目標を達成できず四苦八苦していました。インフレはもはや「死語」となった感すらありました。

それが俄かに復活し、市場関係者はこのインフレが一時的なものなのか、それともさらに加速するのか、見極めることに躍起になっています。なぜ躍起になるのかと言えば、それが今後の米国の金融政策を左右するからです。最終的には賃金水準にも影響しますから他人事ではありませんよ。

そこで今回は「いま騒がれるインフレの正体」をテーマに、現在進行中のインフレとそれが金融政策や金市場に与える影響についてお話ししていきたいと思います。

 

コロナインフレには供給&金融という2つの要因が

 

今回のコロナインフレには大きくふたつの要因があります。

ひとつ目は「供給面の問題」です。ウイルスのパンデミック(世界的大流行)によりヒトやモノの流れが遮断され、生産活動が阻害されることで流通や経済活動に問題が生じ、結果として商品やサービスが不足して販売価格を引き上げざるを得なくなっているのです。

象徴的なのが自動車やスマートフォンなど、電気で動くありとあらゆるものに使われる半導体です。コロナという特殊な状況下で通勤やレジャーのためのマイカー需要が高まる一方、パンデミックによる世界的なサプライチェーンの機能不全で半導体の供給が逼迫し、自動車の生産台数は激減しました。その結果「新車が買えないなら中古でも」と旺盛な需要が中古車市場に向かい、米国では中古車価格が急騰しています。

コロナ禍では原油や住宅の価格も大きく値上がりしました。さらに今年は3月のスエズ運河封鎖事故や7月のライン川の記録的豪雨による洪水被害など、想定外の生産・流通阻害要因が次々と発生し、「物価に上昇圧力がかかった状態」が続いています。

ふたつ目の要因は「お金のばら撒き」です。このコラムでも何度か指摘してきたように、各国はコロナ禍で未曾有の財政出動や金融政策を実施しています。今回のインフレが「複雑骨折」のような状況を呈しているのは、ひとつ目の供給の問題で物価が上がっている中で、さらに物価上昇要因となるばら撒きを今に至るまで続けているからです。まさに「インフレの共振現象」です。

一方、コロナで打撃を受けた経済は依然低迷したままです。低成長下でマネーの供給過剰が続けば、物価は上がっていくしかありません。結果的に通貨の購買力が低下し、去年は1,000円でお気に入りのケーキが3個買えたのに、今は2個しか買えないという状況になっているのです。

しかし、重要なのは前述の通り、このインフレが一時的なもので終わるのかどうかということです。一時的なものであれば、米連邦準備理事会(FRB)も日銀もばら撒きを止めず、ゼロ金利政策も継続します。一方、インフレが本物ならば、経済が過熱しないうちに金融政策を転換して金利を上げたり、ばら撒いたお金を回収したりする必要があります。金融政策を「緩和」から「引き締め」に転換すると、緩和慣れした市場では短期的なショック症状が起こり、金も一時的に売られる場面が考えられますが、これはあくまで短期的な現象です。

「インフレが一時的か否か」論争は政治問題にもなっています。米国のバイデン政権は来年の中間選挙を控え、今後もエネルギーや気候変動対策などに巨額投資を行う予定です。これに対し野党の共和党は「経済は既に過熱しているのに、そこに新たな投資をするのは火に油を注ぐようなものだ」と猛反発しています。

一時的か否かの論争を巡っては、専門家の見解も真っ二つに分かれます。供給サイドの物価上昇は、筆者を含めて7割くらいは一時的なものと見ていますが、気候変動の問題などは長期化する恐れもあり予断を許しません。これに対しお金がじゃぶじゃぶの状態はどう見ても一時的とは思えません。

 

 

量的緩和終了となれば、インフレヘッジの金の出番

 

仮にインフレが一過性のものではなく、金融政策の転換が必要になったとしましょう。思い浮かぶのは昭和バブルの破綻です。当時は日銀による金融引き締めの手綱が強過ぎて、日本経済はその後20年余り後遺症に苦しむことになりました。しかし、そうしたリスクを冒してでも、金利を上げたり、マネー供給の蛇口を絞ったりする決断をしなければならないのです。

では、こうした流れの中で金市場はどう動くのでしょうか。現物資産の代表格でもある金は「インフレに強い」とされ、インフレヘッジに利用されることも少なくありません。実際急激なインフレが起きた時の“成功体験”もあります。1970年代にオイルショックで原油価格が3倍に跳ね上がった際は、金価格も3倍以上上昇しており、銀行預金者が大きく資産価値を毀損させた中、ゴールドを買っていた人は資産価値を守ることができました。

幸か不幸かオイルショック以降、日本がハイパーインフレに見舞われることはなく、インフレヘッジとしての金の出番はありませんでした。しかしそう遠くない将来、久々に金に出番が回ってくるかもしれません。金価格が今年に入って一旦下落した後、またじわじわと上がってきているのは、そうしたインフレ警戒感からではないでしょうか。

これほど多くのお金をばら撒いてしまうと、このままでは必ずやどこかで“臨界点”が訪れます。それが来年になるのか、2023年、あるいは2024年になるのかは現時点では予測不能です。

それはある意味大地震の予測に似ています。いつになるか分からないけれど、高い確率で発生し、その被害は甚大なものとなる。だからこそ少しずつ備えておいて、いざという時には自分で自分の身を守らなければなりません。

今から純金積立で金を買い増しておくことは、きっと、その一助となるはずです。

刻々と近づくインフレの臨界点、金はいざという時の守りとなる

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。