豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 022 | 2022.08.30
高値圏でもプロが金投資に強気な理由
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

最近のセミナーで圧倒的に多い質問が「今の高値で金を買っても大丈夫でしょうか?」というものです。確かに今年に入って国内金小売価格は円安の影響もあって史上最高値圏で推移していますから、個人投資家の皆さんが躊躇するのも無理はありません。この質問に対し筆者は質問者のバックグラウンドに応じて、次のように答えています。

まず、金投資の初心者には「飲み会を1回我慢する代わりに3000円や5000円で純金積立をしてみたら?」と勧めています。いきなり本格的な金投資を始めるのではなく、温泉に入る前にかけ湯をするような感覚で積み立ててみるのです。1年(12回)も積み立てると金価格がどんな時に動くのかが分かるようになり、テレビのニュース番組を観る時も中近東の出来事が気になったりします。金投資は金融や経済のセンスを磨く格好のレッスンにもなるわけです。

一方、既に純金積立をしている方には次のようにお話しします。「住宅ローンやお子さんの教育費が値上がりして支払いが大変というのなら、積み立てた金の2~3割を現金化して家計を補填してもいいでしょう。しかし生活が元に戻ったら、また元通りの金額で積み立てを継続してくださいね。」と。中長期のスタンスで見れば、金価格は上がっていく可能性大ですから、ここで止めてしまうのはもったいないことです。

さらに、毎月100万円を積み立てているような富裕層には「純金積立の額を増やしてはどうですか」と提案します。富裕層が金を購入するのは“資産運用”と言うより、将来の相続などを見据えた“資産防衛”のため。つまりリスクヘッジです。株式や暗号資産が下落し、かつては“安全資産”と言われた円が売られている今、資産全体に占める金の割合を2~3割まで上げてもいいように思います。ただしこれは富裕層だけですよ。一般的には金の保有割合は資産全体の10%が目安です。

 

供給量は今がピーク、需要は中国・インドを中心にさらに伸びる

 

円安は短期要因と長期要因に分けて考える必要があります。目先の国内金価格を押し上げている短期要因は大きくふたつあります。

いずれのケースでも筆者が金相場に対して強気の見方をしているのは、供給の面でも需要の面でも、中長期的に金が値下がりする理由が見当たらないからです。 まずは供給面から解説しましょう。金の需給統計を見ると、近年は鉱山からの一次生産量が約3000~3500トン、リサイクルによる二次生産量が約1000~1500トンで推移しています。一次生産量は今がピークで、これから漸減していくと予想されています。と言うのも陸の金鉱脈はほぼ掘り尽くされ、埋蔵量が枯渇しつつあるからです。海底資源もありますが、場所によっては2000メートルの海底からさらに1000メートル掘ってようやく鉱脈に当たるといった具合で、しかも陸揚げした1トンの金鉱石から抽出される純金は2グラムあれば御の字です。結果として金価格が今の10倍以上に跳ね上がらないと、採算が合わないのです。

続いて需要面ですが、金には年間3000~3500トンの一次生産量の実に5~7割を消費している“3大需要地”が存在します。中国・インド・中東です。このエリアに住む人々は金の文化的選好度が高い、言い換えるなら“金大好き人間”が多いのです。中国は世界国別人口ランキングの1位で約14億5000万人、インドは同2位で約14億人の大国です。※1

※1 出典:MEMORVA-世界人口ランキング・国別順位 2022年版-(https://memorva.jp/ranking/unfpa/who_whs_population.php)

 

中国の場合、金の需要は北京・上海・広州といった沿岸部に集中していますが、今後はマーケティングにより内陸部の需要も掘り起こしていく計画です。中国は今でこそコロナ不況や少子高齢化が懸念されているものの、コロナ後は徐々に国民の可処分所得が増え、さらに金が買われるでしょう。インドにも同じことが言えます。経常的な国際収支の赤字を抱えるインドでは、政府があの手この手を使って金の輸入を制限しようとしていますが、うまくいった試しがありません。国土が広いゆえ横行する密輸を防ぎようがないのです。中国とインドは今後5~10年のスパンで最も経済の期待成長率が高いエリアでもあります。

 

 

短期的には米国の金利上昇で売られる局面も

 

さて、中長期的には「下がる理由がない」金も短期的には米国の金融政策の影響を受けます。「地球の反対側の話なんて興味ない」と思うかもしれませんが、それではいけません。日本の株式市場の売買高の7割は外国人投資家によるもの。※2。株式市場でよく「米国がくしゃみをすると日本が風邪を引く」と言われるように、米国の経済動向は日本の個人投資家にとって他人事ではないのです。

※2 出典:JPX-投資部門別売買状況 株式 2022年7月第2週-(https://www.jpx.co.jp/markets/statistics-equities/investor-type/nlsgeu000006iy6x-att/stock_val_1_220702.pdf)

 

米国では6月の消費者物価指数(CPI)が前年同月比9.1%増とインフレが加速しています。11月には中間選挙が実施されますから、早く何とかしないとバイデン大統領の民主党は大敗、ライバルの共和党が地滑り的大勝という流れになりかねません。バイデン政権にとってインフレ退治は、喫緊にして最優先の課題なのです。では具体的にどうするのかと言えば、手っ取り早いのは金利を上げて過熱した景気を抑え込むことです。しかし米国がコロナ支援やポストコロナの経済対策に投入したお金は10兆ドル近くに上がっており、“冷やし方”次第ではリセッション(不況)を引き起こす可能性があります。この舵取り役がFRB(米連邦準備理事会)のパウエル議長ですが、パウエル議長とて、いかに冷やしていくかは悩ましいところでしょう。そもそも「ゼロ金利からの本格利上げ」は過去に例がなく、将来の教科書に掲載されるであろうくらい画期的な出来事なのですから。

このコラムで何度もお話ししていますが、金の最大の弱点は金利を生まないことです。従って利上げが行われれば金は一時的に売られるでしょう。半面、FRBが“冷やし方”を誤ってリセッションが起きた場合は、不況に対する耐性が強い金に投資マネーが流入しそうです。実際に市場関係者の間でも「滅茶苦茶な利上げをしたらリセッションになるから、金は買いだよね。」という声が根強くあります。

さて、ここまでは米国市場の話。日本では日本銀行の黒田総裁が「ゼロ金利は絶対に守ります!」と宣言していて、米国の金利が上がれば日米の金利差がさらに拡大し、ドルが買われて円が売られる展開になります。こうしたドル高・円安トレンドが2~3年は続くでしょう。その結果、ニューヨークの先物価格が下がっても円建ての国内価格は下がりにくく上がりやすい状況が続き、2023年には再び史上最高値を更新するのではないかと見ています。

中長期的には、金に「下がる理由」なし。高値圏でも腰を据えて純金積立を継続すべし。

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。