武田の甲州金

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日本の歴史上、金山開発がもっとも活発になったのは戦国時代だろうと言われています。政治体制が大きく変わる節目であった戦国時代において、諸国の大名にとっての重要課題は、政治力と軍事力の強化でした。そのために潤沢な資金が求められ、金山の開発が全国的に活発になったということでしょう。

そうした戦国大名のなかで、いちはやく金銀に目を付け、金銀を有効に活用した人物として知られるのが武田信玄です。金山開発に積極的だったことはもちろん、「武田の甲州金」という名で知られる金貨を鋳造し、いわば富国強兵政策に役立てたのです。武田信玄という武将が、たんに戦上手というだけでなく、政治家としても抜きん出た才能を持っていた証しでしょう。

ところで武田信玄が進めた金山開発は、土木技術ノウハウの蓄積や進歩にも貢献したようです。かの有名な「信玄堤(しんげんづつみ)」はその成果のひとつに数えられています。ちなみに信玄のこうした活動を陰で支えたのは、のちに新潟の佐渡金山や伊豆の土肥金山でも多大な成果を残すことになる大久保長安だったと言われています。