豊島逸夫の手帖

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改めて"有事の金"を考える

2004年3月25日

ここにきてテロ、戦争などの所謂"地政学的リスク"の高まりが金価格上昇の要因として再浮上してきた。有事の金買いとも言われる。逆に、外為市場では有事のドル売りとなる。イラク、アルカイダなどで、米国がヤバそうだから、ドル売って、金に逃げ込むというパターンである。金融コメント的には"安全性を求める資金が金市場に流入した"などと表現される。 そもそも有事の金という言葉は、米ソ冷戦時代に、戦争が起きた場合の備えとして、金融市場が壊滅しても独自の価値を持つ実物資産として金を保有するという意味で使われた。

しかし、ベルリンの壁も崩れた90年代には、もう有事の備えなど必要なしとされ、仮にあっても、有事のドルで足りるとされた。当時はそれほどに米国経済黄金期で、米ドルに対する信認も厚かった。 それが、ころっと正に一夜にして変わってしまったのが、2001年9月11日である。米経済繁栄の象徴とも言えるNY世界貿易センターが壊滅し、直後から、株、債券、ドル、そして原油まで暴落するなかで、ひとり金だけが急騰した。その瞬間から、世界の投資家の脳裏には"やっぱり有事は金"というイメージが強烈に焼きついた。現在に至る金価格上昇モードはその時点から始まったと言ってよい。

その後、イラク戦争が勃発し、それを先取りするカタチで金価格が急騰したが、開戦と同時に"折り込み済み"ということで急落。しばらく地政学的リスクも影をひそめ、ドル安、ユーロ高というテーマに市場の関心が移った。 それが、ここにきて、再浮上してきているわけだ。 きっかけは、スペインの列車爆発テロだった。アルカイダ犯行説が強まり、直後の同国総選挙で、楽勝ムードだったイラク戦争支持の与党が惨敗し、テロリストの思う壺になってしまった。次の標的として、米連合国のイギリス(特にロンドン)、イタリア、サウジアラビア、そして日本が名指しされた。こうなると、ユーロスターと呼ばれるロンドン-パリをドーバートンネル経由で結ぶ新幹線に爆弾の噂が市場に流れるだけで、株、ドルが売られ、金が買われる有様だ。当然、我が日本でも、新幹線警備が強化されるなど、有事という言葉がいよいよ対岸の火事とは言えず、わが身にも降りかかるリスクとして感じられるようになってしまった。おそらく、今ほど有事の金という言葉が実感を伴って日本人投資家の心に響くときはないだろう。

そうしている間にも、今度は、イスラエルがハマス指導者に対する暗殺キャンペーンを堂々と唱え、実際に暗殺行為を始めた。世界中から"stupid"(馬鹿げている)と非難されているが、イスラエルを唯一抑制できるアメリカがどこまで阻止できるかも疑問である。結局、アメリカはイスラエルを放任状態という認識は益々アラブ圏内で強まり、反米感情、反米テロは激化必至の情勢だ。 国際金価格も年初430ドルまで急騰した後、390ドルまで下落し、調整局面であったが、ここにきて420ドルまで反騰してきた。円建てでは、円高によりやや相殺されているものの、じり高といってよい。

ただ、ひとつ注意しておかねばならないことは、有事の金を囃してことさらに金を先物市場で買い上げる投機家が特にNYに多いことだ。イラク戦争前に、いよいよ戦争だと煽って実態以上に金価格を押し上げた挙句、一般個人投資家がいよいよ開戦だからと買いモードに入った直後に売りに廻ったのも彼等投機家であった。常に先取りして買っておき、素人が参入するころには、もう折り込み済みと済ました顔で売りに廻るのがプロの投機集団の常套手段である。だから、有事の金だと囃して個人が金を買うことには筆者は反対である。今の世の中、残念なことだが、将来の有事の火種はいくらでもある。いつ火がついてもおかしくない。そういう環境下では、平時に徐々に金を買っておくことが一番よろしい。今の世界情勢を見るに何時平時に戻るか分からないが、平時とまで言わなくても、マスコミが有事などとあまり騒ぎ立てない常日頃から、例えば純金積立のような商品でこつこつ買いましてゆくのが、実は王道なのだ。その上で、有事の金価格高騰は、逆に売却のタイミング程度に接するほうがよろしい。

だから、今回の地政学的要因による上げ相場に臨んでも、あえて買いは薦めない。

2004年