豊島逸夫の手帖

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2006年の金価格展望

2005年12月8日

金価格が300ドル近辺をふらついている頃、400ドル台などという数字は高嶺の花であった。仮に、そこまで行っても、数ヶ月しかもたないだろう、と見られていた。そして400ドル台に乗せたとき、500ドルなどという数字は高嶺の花であった。仮につけても、1987年当時と同じく瞬間タッチで終わるであろうと。そして2005年12月、500ドル台に乗せ、市場内部では俄かに史上最高値更新説(800-1,000ドル)が勢いを得ている。

ここまで来ると、市場ではもはや自己抑制機能が働かなくなり、自己増殖的に強気説が根を広げるようになる現象だ。これはバブルの兆候である。およそ、金市場参加者は、バブルを期待する投機筋と、粛々と長期保有の現物を増やす(バブル化は迷惑と感じる)保全派に分かれる。いま、"ジャパンマネーが金価格500ドル乗せを実現させた"と欧米で囃されているのは、前者、投機筋の方である。保全派はどちらかと言えば、利益確定売りに傾いている。先物買い、現物売りの構図、これは歴史的に見ても、長続きしない。先物が手仕舞い売りに転じるや、現物売りがボディーブローのようにじわじわ効き始める。やがて、金の還流の嵐が訪れる。古代エジプトの時代から退蔵されたゴールドの数々が換金目的で市場に戻ってくる。500ドルを超えると、153,000トンの軍勢を誇る金地上在庫からの還流軍 対 オイルマネー、アジアマネー、年金マネー連合軍のせめぎ合いとなるのだ。

但し、ここで注意せねばならぬのは、"歴史"とか"経験則"というような判断基準が通用しない状況もあるということだ。特に、市場の需給構造が大きく変わるような転換期においては特に業界の"ベテラン"と呼ばれる人種はよほど気をつけねばならぬ。頭の中のハードディスクは一度デリートしてゼロベースで見直す謙虚さが求められる(これ殆ど筆者が自分に言い聞かせているわけだが...)。中東、ロシアのオイルマネー、中国、インドのアジアマネー、そして欧米の年金マネーというニューフェースのバイヤーたちが大挙して金市場に押し寄せている。その受け皿は株や外為市場に比し、あまりに小さい。しかも、価格が上がって供給サイドでは(80年代に見られたような)増産ラッシュかと思えば、金の生産は全く増えない。これも、経験則に反する。

ドル、株価、金利などとの逆相関という経験則も今や当てはまらない。

ということは、市場は未知の海域に入ったことになる。500ドル越えの経験はあるが、海域の様相は全く異なる。

これを経済学的に言うと、新たな需要曲線と新たな供給曲線が新たな均衡点を模索している状況なのだ。最初は行けるところまで行ってみようと、600ドルまで試すかもしれない。でも、600ドルでは需給バランスが崩れる。高すぎる。その反動で、次はどこまで下がるか試してみる。400ドルまで落ちれば、いくらなんでも安すぎる。2度目の"試技"では、550ドル。これでもやや高すぎる。かといって、450ドルではやや安すぎる。オーバーシュート(上がり過ぎ)、アンダーシュート(下がり過ぎ)を繰り返し、徐々に、475-525ドルのレンジ内に収斂してきたとき、そこに市場は居心地の良い水準(新たな需給均衡水準)を見い出すのではなかろうか。500ドルに始まり、500ドルに終わる、2006年はそんな年になると思う。けれども、1年後の500ドルは、市場の売買という荒波の洗礼を受けた後の、今よりはるかに堅固な500ドル台となっているはずだ。

要因として重要なポイントは、

中央銀行の金買い-ロシア、中国、アルゼンチンなどの南米諸国、南ア、そしてアラブ諸国。これまで大量売却が危惧された中央銀行が、徐々に買い手に転じるインパクトは大きい。
ドル金利と米消費者物価指数-名目金利(FFレート)はグリーンスパンがあと2回、バーナンキが(挨拶がわりに)1回、つごう4.75%で打ち止めか。物価は原油高が徐々にコア指数にも波及し、4%台。つまり、実質金利は引き続きゼロ金利状態が続きそう。インフレ懸念は続く。
ドル相場-金利要因が徐々に織り込まれると、再び頭をもたげるのが"双子の赤字"という構造要因。財政赤字は好転したものの、いよいよベービーブーマーの定年退職、年金生活入りという2007年問題が重くのしかかる。ドル安再燃と見る。
インド、中国-引き続き7%、9%の経済成長を維持。しかし、500ドル台に乗せたところでは、金需要も一服。アジアの現地渡し金価格も国際的ベンチマークのロンドン渡しに比しディスカウントが続く(例外は原油高騰による所得効果が優るドバイだが)。しかし、いずれ高値慣れせざるを得ないであろう。退蔵放出と実需買いのtwo-way (双方向)取引となる。最近は、これにジャパンマネーも参加し始めた。フィナンシャルタイムズなどは、知日派と言われる欧米アナリストのコメント"日本人は自国通貨安に危機感を抱き、大挙、金買いに走っている"を書いているが、これは実感と違うね。日本の株式市場における、円安という言葉の持つ"心地よさ"が分かっていない。
地政学的要因-イラクは陳腐化。代わって、イランの核保有問題が欧米、中ロの利権を巻き込みこじれそう。更にイスラエルを地図上から抹消するとわめく同国大統領の存在が不気味。
信用リスク-米住宅バブルの行方。ソフトランディングに失敗すると信用不安に起因する破綻ヘッジ金買いが再燃するかも。グリーンスパンは金融危機が襲う度に、利下げ、緊急流動性供給で凌いできたが、インフレ懸念の渦中に引き継ぐバーナンキにそのカードは切れない。金融市場全般に言えることだが、バーナンキの力試し期間は、各市場とも手探り状態でボラティリティ(変動性)は大きく、つまり、不安定要素は増えよう。
金生産頭打ち-金鉱山会社の大型M&Aがまとまるたびに、不採算鉱は容赦なく合理化のため閉山される。
では、下げ要因はどうか。
価格が急騰すると、予想もしなかったところからまとまった売りが突如出るものだ。特に財政赤字に悩む国にとっては、公的保有金売却による赤字補填は誘惑的だ。ヘッジ売りにしても、今や、8年先の先物(フォワード)売りで619ドル取れるそうだ。これも鉱山会社にとっては誘惑的だね。アジア中東からの還流金の量もハンパではない。特に、500ドルを超えて、上げが加速すると、その売り戻し量増加も加速する。上げのスピードに対するブレーキみたいなものだが、最初は慣性の法則で直ぐには減速できないが、やがてブレーキは効いてくる。

以上の要因が日替わりメニューのようにめまぐるしく登場し、短期的ボラティリティー(価格変動性)は大きいだろう。しかし、円建てでは、円高再燃により上昇は抑えられやすく、今年ほどの荒れ方はなさそうだ。つまり、安定化に向かい、一般投資家も実需筋も戻って来られる正常な市場環境に戻るだろう。

2005年