2005年12月16日
本稿執筆時点(12月16日朝9時)、498ドルまで急降下が続いている。今朝は、東京先物金市場において、緊急顧客救出作戦が繰りひろげられているのだ。連日のストップ安で、高値で買った挙句、売り戻したくても売れない顧客がひしめいている。彼らの売り注文を、今朝、通常開場時間前の8:30~9:10に限り優先的に受け付けるという措置。一日の値幅制限も75円から100円に拡大。
欧米の金市場も、今日の東京市場の成り行きを注目するなかで、指定の時間帯に入るや、(予想通り)金価格は500ドルを割り込む急落となった。
昨日の時点で、数百トンの規模の顧客の先物買いが、脱出できず(売り手仕舞いできず)しこっている(市場内に取り残されている)。これから一挙に(或いは徐々に燻りだされるように)出るであろう膨大な売り手仕舞いの注文を、誰が買い取るのか。欧米市場であれば、市場参加者も豊富で多様化しているので、市場内で買い手が現れるであろう。ところが、東京市場は、顧客の売買注文が一方向に偏り勝ちで定評ある"one-way"のマーケットである。今回も、買い手は他所の市場、海外に求めねばならぬ。そこで国内と海外のつなぎ役となるのが総合商社である。
この時間帯でまともに開いているのはシドニー市場、ほどなく、香港、シンガポールもオープンする時間帯だが、はっきりいって、流動性は潤沢とはいえない(取引量は多くない)。NY市場の時間外取引という手段が考えられるが、果たして、どれほどの受け皿となりうるか。つまり、数百トンの売り戻し集団が秩序ある撤退ができる市場環境とは思えないのだ。
夕べも、いまや恒例となってしまった深夜の欧米とのコンファレンスコールに引っ張り出されたが、呆れ顔というような受け止め方であった。Tokyo is a unique local market. ユニークなローカル市場だね、というのが皮肉大好きのロンドン勢のコメント。
もともと、東京工業品取引所というのは、当時の通産省がブラックマーケット撲滅のため、唯一の公設金先物市場として設立した経緯がある。当時、筆者も欧州市場の代表として色々意見を聞かれたものだ。つまり、当初から規制を目的とした市場なので、その"伝統"みたいなものが未だに見え隠れする。
シカゴやNYの商品先物市場というのは、まずトウモロコシを生産する農家がいて、彼らが種まきの時点で、収穫時の売却価格を確定させておきたいという生産者のヘッジニーズにこたえるために開設された。そこでは、ヘッジ売りの相手方として、ローカルと呼ばれるプロの投機家(スペキュレーター)の存在は不可欠であった。ローカルは、自己のリスクで、ヘッジ売りに対して買い向かう。日本では投機家というと良くないイメージがつきまとうが、米国のローカルたちは、ハーバード出身もいる、"インテリやくざ"だった。自分達は農家の経営安定のために社会的な役割を果たしているという自負があり、胸を張って投機売買に従事したのだ。
筆者もCOMEX(NY商品取引所)に派遣されたとき、同年代のローカルたちと友達になり、彼らの別荘、高級外車、そしてガールフレンド数名という独身貴族生活を憧れの眼差しで見たものだ。
対して、東京市場は、そのような本当のニーズがあって設立されたわけではなく、まずブラックマーケットありきの状況のなかで生まれた。その後も、顧客の投資意識も未熟なままで、強引な営業ばかりが目立ち、売り買いどちらもありというのではなく、まずは買わせる営業姿勢が先行した。
コンプライアンスが強まり、改善されたとはいえ、つい先週、大阪にて日経主催ゴールドセミナーで講演したときのこと、会場のホテルロビーでせっせとビラをまく大手商品先物会社営業マン5-6名がホテル側に排除されていた。かと思えば、近所の行きつけの床屋のオーナーが、"こんなもの持ってセールスに来たよ"と出してきたのだ。筆者の写真入インタビューをコピーして、勝手に赤線引いて、欄外には会社名、裏面にはお手製の罫線まで入れこんだシロモノ。豊島さんってこういう会社の関係者なのかと聞かれ唖然としたものだ。こういう営業で集められた投資家の買い注文の山が、いまや、市場内に閉じ込められ呻吟しているのだろう。
だいぶ厳しいことを書いたが、筆者の先物関係の友人のなかには、非常に優秀で良心的な人達も居る。彼らが業界の主流になることを望む。ディーラー時代の可愛い後輩たちも、今や、商社の商品部門で偉そうな顔しているが、彼らもリスクマネジメント、コンプライアンスという厳然たる枠組みのなかで緻密に計算された売買に従事している。取引量は大きいが、ヤミクモな投機ではない。
筆者自身は、週末には、市場関係者のひとたちの勉強会で講演して、レベルアップのためのお手伝いもしている。同時に投資家のレベルアップのための啓蒙活動として、今年は60回以上、金現物投資セミナーで講演した。それでもマダマダだなと思わざるを得ない。一部のイエローカード、レッドカード組のプレーヤーのために、何も知らない外部の人達からは"所詮、金は投機さ"と一緒くたにされてしまうことを恐れる。
さて、今回は書いているうちについついハナシが飛んでしまったが、市場は500ドル、2000円を新たな出発点として再起動を始める。12月8日に"2006年の金価格展望"を書いたとき、数名の読者諸氏が"520ドルつけて皆が600ドルと騒いでいるときに、500ドルを挟むレンジを予測とは随分控えめですね"と、ややがっかりの表情で聞いてきたものだ。(なお、円高の波が予測より早めに出始めているが。)
市場が興奮状態のなかで冷静を保つのは難しい。同様に市場が下げているとき、ネガティブコメントを見ながら買いに回ることも難しい。プロだって、勇気がいる。これからの個人資産運用とは自己責任のリスクテークと言われるが、理屈で分かっても、カラダは容易には動かない。そういうときの心の割り切り、支えになればと思って、このコラムを書き続けている。