豊島逸夫の手帖

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モグラ叩き始めたメルケルおばさま

2010年5月19日

EUはヘッジファンド、PE(未公開株)などの規制へ動く。ドイツは金融株、一部の国債、CDSなどの空売り規制へ動く。米国では新金融規制案が、今か今かと議会決議待ち。そして本稿執筆中に米国SECが新たなサーキットブレーカー導入発表。10%以上の乱高下するSP500個別株式について5分間の取引停止というルール。過熱したら、5分間深呼吸して頭を冷やす時間を設けようという発想。なるほど...。

頭冷やす5分間程度なら、まぁいいんじゃないかと思うが、EUやドイツの規制は逆効果だろうね。ヘッジファンドは投機筋の代表格ではあるが、マーケットに流動性を供与する貴重な存在にもなりうる。誰もリスクを取りたがらないときに敢えてリスク取って売買に参加してくる存在。そういう役割を果たすときもある。

ドイツの空売り規制になると、これは、メルケルおばさまがモグラ叩き始めたという印象。気持ちは分かる。投機マネーが実際には保有していない国債の空売りに走ったから、ギリシア危機も増幅された。だから、これを出来ないようにする。

でも、規制すれば投機マネーだけではなく健全な投資マネーまで逃げ出すことになりやすい。とくに機関投資家は流動性の豊かな池を好む。米国債があれだけけちょんけちょんに言われながらも、依然世界の投資マネーを集めているのは、ダントツの豊富な流動性を持っているという事実に拠る。「いつでも買い手、売り手がいる。売りたいときに売り、買いたいときに買える」という安心感がある。その大事な流動性を自ら減らすようなドイツの規制は、自分で自分の首を絞めるようなもの。

それに金融技術が発達した今、特定の空売りを規制しても、マーケットは必ず抜け道を見つけて、新たな商品を開発したり、取引の場を作りだしたりするもの。モグラ一匹頭を叩いても、別のモグラが直ぐに頭をもたげる。

次に、風が吹けば桶屋が儲かるみたいな例の話。ギリシア危機が極端に悪化するまでは、巨額発行される米国債の健全性がマーケットでは憂慮されていた。米国債バブルなどとも言われた。新発債の入札不調が続き、悪いドル金利上昇も懸念された。

ところが、欧州のソブリンリスクが悪化するにつれ、そんな米国債でも欧州に比べればまだマシとばかりにマネーの米国再流入が始まった。それも大規模に。

米国にしてみれば、ギリシアのおかげで、またぞろ自分達のツケをとりあえず面倒みてくれる人たちが殺到しているわけだ。内心、そんなにモテちゃっても片腹痛いことと推察されるが、(えーっ、いいの? マジ!? こんな僕でも...)。

こういう状況を見るにつけ、筆者はユーロ「独歩」安にはついてゆけないのだよね。いずれ米国のアラも再び顕在化するは必至。そして日本のアラもね。ユーロが「循環物色」的に売られる番というなら話は別だが。

昨晩も、ドイツ空売り規制発表直後から、それまで買い戻されていたユーロが新たな売りの波に晒された。本稿執筆時点では、対ドルで1.21台、対円で111円台にまで急落中。これを見て、NY株もダウ三ケタの下落。調整売りにモードに入っていた金はふたたび買われる展開に。

それから、ギリシアのおかげでドル高になり、人民元自由化圧力も一服した感があり、ヒョッとして中国にも桶屋の風になっているかも。ただ、EUとの貿易が多いから、人民元の対ユーロ相場上昇が中国製品の国際競争力を削ぐ結果にもなっているから、まぁ、どっちとも言えないか。

ギリシア問題に隠れた感もあるが、中国引き締めは強化の傾向が強まっている。中国ブルの筆者は、そんなこといっても党本部が本気で引き締めを許容するわけないじゃんという見方を変えず。失業=人心不安定=暴動というシナリオを北京は最も嫌う。だから引き締め過ぎるリスクより、緩め過ぎるリスクを選択しがち。そもそも適度のバブルなくして、あの戦艦大和級の経済を引き上げることは出来ない。年率8%以上の成長なくしては立ち行かないのも中国経済の実態。

それになんといっても中国は低レバレッジの国。民間債務の対GDP比、米国90%、EU60%、中国20%。口蹄(こうてい)疫みたいに連鎖が急速に広がる懸念は相対的に低い。地域的に抑え込める。

なお、米国議会で審議中の新金融規制に関しては、デリバティブ、自己勘定部門などに対する具体的規制措置がまだ固まらず。最終段階でもたついている。

2010年