豊島逸夫の手帖

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金価格は『炭鉱のカナリア』

2010年9月16日

昨晩、グリーンスパン氏が講演で金について語ったことが米国経済チャンネルで流れていた。

Council on Foreign Affairs (外交問題協議会)の壇上でこうコメントしている。
"Gold is the ultimate form of payment. It is the signal that there is a problem with respect to the currency market globally. I don't think it's a serious problem, unless you are short gold. But it strikes me that it's a canary in the coal mine, to keep an eye on it"

「金は究極の支払手段だ。世界の通貨市場に問題ありというシグナルでもある。金を空売りしていない限り、大変な問題とは思わないが。私が思うに、金は炭鉱のカナリアみたいなものゆえ、目が離せない。」

金ショートでなければ大問題ではないという表現は彼流のジョークであるが、炭鉱のカナリアという表現はその通りだと思う。この英語の表現はよく使われるのだが、炭鉱内の異常をいち早く察知して反応することで人間にとってリスクのセンサー役となる、という意味だ。

冒頭の「究極の支払手段」という言葉は、彼がFRB議長在任中に欧州の中央銀行が金大量売却を繰り返す中で、上院委員会で「米国は金を売らないのか」との質問に対する答えで使った表現と全く同じ。

炭鉱のカナリアという意味では、今回の金最高値更新も、マーケットのリスクを感知して羽ばたき鳴いているようだ。

今回、筆者の注目ポイントは二つ。

まず、ユーロが対ドルで1.30の大台をつけ、ユーロ高ドル安になっていること。PIGS諸国の国債利回りとドイツ国債利回りのスプレッドが拡大するなかで、ユーロが買われるという、一見、辻褄の合わない現象。

ドル金利の先安感が強ければ、どうせドルもユーロも不安を抱えた通貨なれば、ユーロを選択しようというマーケットの行動である。本音は、ユーロもドルも買いたくない。円も買いたい気持ちにはならないけど、ユーロやドルよりはマシ。でも介入されると、なんとなくロングするのも(買い持ちするのも)気持ち悪い。難しい年頃の少年みたいなマーケットの心理なのだ。

次に、今回は、プラチナ、パラジウム、シルバーも一緒に仲良く上昇していること。プラチナは1600ドル突破、銀は2ドル突破。これ、最近では珍しい現象。足元の米国マクロ経済指標には改善傾向も見られるから、景気敏感メタル群も期待感から買われている。でも、double dip=二番底懸念も払拭できないから、経済不安に強いメタル=金も買われる。まさに今のマーケットの「揺れる気持ち」がよく表れている現象だと感じる。

さて、介入について。

虫の目の話だが、筆者は12年間の外国為替貴金属部のトレーディングルーム生活の中で何回も日銀介入を体験した。介入というのは、為替トレーダーにとっては気味悪く、いやなものである。今回の例でいえば、投機筋の立場に立てば、いくら円買いドル売りの注文出しても、全てブラックホールみたいにマーケットに吸い込まれる感覚になる。とくにリーマンショック後は、投機マネーも満身創痍の「手負いの投機家」集団なのだ。昔ほど戦う体力が残っていない。

鳥の目で見れば、日本政府は、これで「通貨安競争参入」を宣言したことになる。このことは、これから後を引くことになろう。新著「金に何が起きているのか」の「国際経済不均衡」の章に書いたように、主要国が全て自国通貨安を望むという状況。近隣窮乏化政策の応酬は、やがて保護主義、世界経済の縮小均衡となる。

虫の目で見れば、兜町にとってはウエルカム・ニュースなのだが、鳥の目で見れば、これからは(世界経済縮小均衡モードに応じて)生活水準を数段階落として生活せねば、という引き締まった気分になった昨日であったよ。寿司屋に行ってもトロは我慢して赤身だけ。そのほうが健康にも財布にもいいし。そもそも赤身の旨み成分こそ本当のマグロの味だし。

そして新著発売直後に、金価格史上最高値更新という巡り合わせ。今朝の日経朝刊4面にも、日経出版の書籍広告。アマゾン書評でも「この手の本によくある、必ず儲かるとか陰謀説など全くない」「スタンスも昔から変わらず、基本は株、金は脇役、お金は働かせる」「金の教科書になるのではないか」。まさにそこが「基礎編」を日経村上記者に全面的に纏めてもらって本に組み込んだ理由でもあるので、二人とも「我が意を得たり」。

なお、新著のまえがき冒頭に「霞が関や永田町の元住民が金に興味持つ」ことを書いたせいか、その方面での勉強会が増えた~(笑)。日本経済の実態についてコアの情報に近い人ほど、個人のレベルになるとリスク分散の問題に切迫感を感じるのだね。なにか寒くなる現象だ。

2010年