豊島逸夫の手帖

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"悪いドル高"の兆候

2010年11月10日

米国債10年もの利回りが2.65%まで上昇してきてドル高に。QE2(量的緩和第二弾)は、長期債を買い取ることで長期金利を下げるはずが、当局の意図とは逆の展開になった。ドル長期金利は、マーケットのインフレ期待感を示すインディケーターゆえに、投資家が量的緩和という金融政策の合併症であるインフレを長期的な視野に入れてきた証拠であろう。政策不信による悪いドル高の典型だ。

悪いドル高のもう一つの理由が、再燃するユーロ不安=ユーロ売り、ドル買い。いったん収まりかけたかと見えた欧州財政不安だが、10月29日のEUサミットでムードが急速に悪化した。EU・IMF連合救世軍の鍋にばかり頼られても困る。PIGS関連債券の保有者にも、それなりの負担(損失を分かち合う)をしてもらわねば。納税者のカネばかりを救済資金に注ぎこむのは不公平だ、との議論に激しく賛否両論が出た。債券保有者だって「元本保証 確定利息」をアテに債券を保有しているわけで、黙ってはいない。

すでに債券保有者にも相応の痛みを強いる例も出てきた。アングロ・アイリッシュ銀行は、同行が発行した債券の保有者に対して、額面の20%だけに限り、政府保証の新債券と引き換えに応じると発表。それでも紙切れになるよりマシでしょ、と開き直り同然である。このような流れになってくると債券市場では国債も不安感から売られがちになり、PIGS諸国の資金調達コストはさらに増加してしまう。

この方式の強力な提唱者がメルケルおばさま。いつまでもドイツ国民の財布に頼られても困るというわけだ。これに噛みついてきたのがECBのトリシェ総裁。ドイツ国民のいら立ちも理解できるが、なにも今、このデリケートな時期に、そんな強硬策を主張しなくてもいいじゃないの。とにかくEU経済が、もう少し安定してから、その話をしようよ。と、それやこれやで10月29日のEUサミットでは不協和音が高まるばかりであった。

なお、南欧諸国の国内事情も依然不安定だ。もし日本で、公的年金凍結と消費税増税を同時に実行したら(というか、そんな話を持ちだすだけで)、どうなるだろうか。それがポルトガルでは現実になっている。ポルトガル国民は当然、猛反発。ここはEU・IMF救済資金に駆け込むべきとの意見も根強い。しかし、駆け込めば、マーケットは「ああ、やっぱりポルトガルはヤバいんだ」ということで国債は売り叩かれよう。

そこで、ソクラテス首相は訴える。「ポルトガルは慈悲にすがる気はない。自分達のことは自分達で処理するよ。特別なヘルプは要らない。ただ、マーケットにはポルトガルだって、やるべきことはやっているのだ、ということだけは理解してほしい!!」

さて、足元はドル高に振れて株安、商品安。金価格も1400ドルをふたたび割り込んだ。この程度で調整という言葉も使いたくないが、急騰後の束の間の反落局面である。ドル高が「悪いドル高」にとどまる限り、金には大きな下げ材料とはならない。「良いドル高」、すなわち米国経済本格好転によるドル高となれば、金には本格的売り材料になるのだが。

なお銀が26ドルとか29ドルとか激しく変動しているが、銀は出口戦略が非常に難しいメタルだ。筆者は、ハント兄弟の買占めをNYのフロアーで体験した唯一の日本人だから言えるのだが、銀が本格的に下げ始めると数日で数十ドル下がるのだ。今でも流動性は極めて少ない。いわゆるスカスカのマーケットだ。そういう小さな市場では劇場のシンドロームが出易い。狭い劇場で誰かが火事だ!と叫ぶと、観衆が一斉に狭い非常口に殺到する現象だ。しかも取引所はリミットダウンで非常口も閉鎖されることがしばしばである。いま銀を買っている個人投資家は、全くそのような流動性リスクを知らず、単に割安感とかのセールストークと、ジムロジャースのポジショントークに踊らされている。心配である。

2010年