豊島逸夫の手帖

Page913 アイルランドの教訓 パート2

2010年8月27日

今日は、2009年12月15日付け本欄「アイルランドの教訓」の続編。

まず、アーカイブにあるが、前回書いた原稿を以下に再掲する。日本に関しての記述は驚くほど鮮度が落ちていない。ということは時間がストップして何も変わっていない、ということなのだが...。

(以下再掲)
今回の欧州ソブリンリスク問題で必ず名前が挙がってくるのがアイルランド。この国は、まさにバブルを絵に描いたような軌跡を辿ってきた。2002年から2007年の間に民間部門への信用供与が倍増して過剰流動性が発生し不動産バブルが生じた。その結果、物価水準は他のEU諸国に比し27%、賃金は40%高くなってしまった。バブルが弾けてからの下げもきつい。2009年のGDPはマイナス7.5%。失業率は12%。消費者物価上昇率はマイナス3%。国民は消費を控え、貯蓄に走り、税収は落ち込み、累積財政赤字はGDP比で82.9%。(日本の172%には遥かに及ばないけどね)。

そこでアイルランドは思い切った緊縮政策を選択した。年金税7%導入、公務員給与5-8%カット、高級取りは15%の給与カット、失業手当など社会福祉もカット。当然、国民はブ―ブ―だが、政府は断固として姿勢で妥協しない。結局、この国には、国民に痛みを強いる政策手段しか残されていないのだ。

普通の国であれば、自国通貨を安くする為替介入により、自国製品の国際競争力を強化する方法がある。(これはこれで、為替切り下げ競争になり、近隣諸国を踏み台にして自国だけは這い上がろうという近隣窮乏化政策となるのだが)。ところがアイルランドは欧州共通通貨=ユーロ圏にあるので勝手に為替をいじることが不可能である。そこで賃金カットにより自国製品の価格を下げるしか方法がないのだ。

エコノミストの観点から見れば、国民に痛みを強いる緊縮政策は合理的選択である。膨れ上がった経済を身の丈にあったサイズに戻すということだ。でも、国民の心理としては、とても受け入れ難いことも事実。そこを敢えて強行突破したのがアイルランド政府なのだ。従って、国際金融市場では評価する声が多い。しかし、マーケット(債券市場)は、はたしてこのままアイルランド国民が黙っているかどうか疑問も抱いている。だからアイルランド国債(10年もの)はドイツ国債に比し利回りが1.9%も高い。

今日、本欄でこの国のことを取り上げたのは、日本にとって教訓となる部分が多いと感じたから。日本は地域共通通貨に縛られるということはないけれど、マーケットのドル売りの波に晒され円が高く張り付いたままだ。当局の為替介入も噂だけで実現してはいない。結局、デフレに自国通貨高というアイルランドと同じ状況に陥っている。しかも財政赤字はアイルランドより深刻である。ただ、国内貯蓄という巨大なマネープールを持っていることが、かろうじてこの国の経済を支えている。でも、この巨大なマネーが生きた使い方をされていない。預金の形で吸い上げられ、国の借金を賄っている。

このままゆけば、アイルランド同様、国民に痛みを強いる方法で強行突破することになるかもしれない。膨れ上がった経済を身の丈にあったサイズに戻すということだ。国民の生活水準を2段階くらいは落とさねばならぬ。でも、そのほうが糖尿病とか高コレステロールなどの贅沢病は減るかも。

今のままでは、年金生活者など弱者を救済するためのおカネが結局、その年金生活者の貯めた預金から取り崩されてゆく。(1400兆円の個人金融資産の半分近くは年金受給者の年代が保有しているのだから)。国民の痛み感覚が当座は多少軽減されても、症状が慢性化するだけだ。長期的には、いずれ蓄えも底を尽き、若い世代には何も残らない。

国民の目線に立った政策を優先するけれど、その支払いのほうも国民の皆さんにお願いしますと、はっきり言って、民意を仰ぐべきではないか。国の指導者は、花咲か爺さんではいられないし、国の財政に打ち出の小づちは無い。
(再掲終わり)

さーて、あれから9か月経ったアイルランド。ユーロ諸国の先陣を切って自ら「緊縮財政」を甘受して耐え忍ぶ決断をしたことは評価された。しかし、「厳しいけど頑張りまーす」「なせばなる!」という精神論だけでは、この危機を克服できないことを日々思い知らされているのが現状だ。

たとえて言えば、厳冬の凍りつくような滝壺で水に打たれる修業に自ら志願して飛び込んだものの、水中温度は想像以上に冷たかった。人間のカラダが生理的に耐えられる限界を超えている。

アイルランドの場合、不良債権をバッドバンクが買い取る方式を選択したが、実際蓋を開けてみれば、不良債権の中で多少なりとも返済が続いている部分の割合が40%はあるはずが、実際には25%しかない。そして公的資金による銀行救済が財政の危機的状況をさらに悪化させる結果になった。当初はGDPの4.5%程度の歳出削減と増税を覚悟していたが、結局それが6.5%にまで膨らみそうである。

このアイルランドの現状は示唆的である。欧州財政不安に対して楽観的な見方が一時拡大したが、その大前提は「緊縮政策」を国民が耐えるということであった。しかし、飛び込んだ水の温度が当初の覚悟より5度も10度も低かったのだ。ここは一度冷水から引き上げて、心臓マッサージなど延命措置を施す必要がありそう。その治療代は高い。誰が払うのか。

目下のマーケットの関心はもっぱら米国経済に向いている。今晩も米国GDP発表やらバーナンキ発言やら材料目白押しである。バーナンキは どんな形容詞副詞使って米国経済の病状を語るのか。Unusually uncertain=異常に不安定という表現にはギョッとさせられたけど。

しかし、そのうえに欧州の問題もまだ楽観的にはなれないことも事実なのだ。「米ドル、ユーロ、円の弱さ比べ」―――筆者が三年ほど前から使い古してきた表現だが、その鮮度は全く落ちていない、どころか新鮮味を増してきていると言わねばならぬ。

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