豊島逸夫の手帖

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全人代という壮大なセレモニー

2010年3月9日

中国の全人代(国会にあたる全国人民代表大会)は、綿密に演出され、リハーサルが繰り返された上で上演される壮大なドラマである。遅刻とか審議中居眠りする代議員などあり得ない。席順が厳密なヒエラルキーにより決定されることは勿論である。

共産党員は中国国民の6%に過ぎないが、2987名の代議員の7割を占める構造だ。形ばかりのガス抜きとして、「さくら」みたいに選ばれた代議員が「住宅価格高騰」とか「地方政府汚職」などにつき、苦言らしきものを呈する「儀式」もあるが、それ以上の議論は続かない仕組みだ。

また、全人代は「目安箱」みたいに国民からの陳情も受け付けることになっている。その数は、2004年に100,000件だったが、2006年には227,000件に急増というような数字もある。ただし、全人代開催期間中に北京に陳情団が来ることは厳に禁じられている。

議場近くの天安門エリアは堅くガードされ、要注意人物の行動はとくにウオッチされ、万が一にも反政府的行動が起こる余地はない。きっちり統制された議会ゆえ、そこで繰り返されることは「大本営発表」であり「議論」ではない。

筆者が感じることは、あれだけの広大な領土に多民族が共存する国を引っ張ってゆくには、やはり有無を言わせぬトップダウンの意思決定、意思伝達が不可欠なのだということだ。

さて、今の中国経済に関しては、相変わらずバブル議論とか人民元対策などがトピックになる。しかし、隠れた問題としてチャイナ・ウオッチャーが注目することに、地方からの移住者に対する市民権付与の案件がある。

1950年代に施行された国民の住民許可制度により、地方から都市部に移って働いている人達には、完全な市民権が与えられていないのだ。具体的には、所得補助、住宅援助、そして公立学校での教育が受けられない。

これは誰が見ても問題なので、政府も対策の必要を認めているのだが、実際にはなかなか解決の行程が進まない。要は、地方自治体の財源問題なのだ。予算が足りない。

そこで、例えば財源として相続税を導入という構想もあったが、この時期に 新たな不動産課税など施行すれば、それこそ不動産バブル崩壊のきっかけになりかねない。あるいは、地方の農民が都市部に移住する場合に、農地と都市部の住居用不動産を等価交換する案も試験的に実行されている。しかし、そのペースは遅く、その結果として都市部で「二級市民」扱いされている人達の不安は強まるばかりだ。

筆者も、中国の都市部を歩きながら、小奇麗な身づくろいでそれなりの住宅に住む人たちと、老朽化した住まいで古着をまとって生活している人達の生活格差を見せつけられることが、しばしばだ。

このような制度的問題が解決されなければ、中国経済が個人消費主導型の持続的経済成長路線に乗ることは難しい。結局、人民元安を維持し隣国から雇用を奪う輸出主導、財政出動に依存する公共工事主導型の経済モデルから脱皮できないことになる。

やはり中国経済成長は、順調でスムーズな右肩上がり型は無理。アップダウンがあるが、中規模バブルを繰り返しながら、徐々に経済水準を切り上げてゆくパターンが現実的なのだと思う。あれだけの規模の国の経済を引き上げるには、バブル的エネルギーのパワーが必要なのだね。上げ潮の成長経済ゆえ、バブルが多少破たんしても、そのショックを吸収できるモメンタム(勢い)があるよ。

さて、話題は変わって、先週金曜日に、沢田さんの初級者向け「金読本」サイトを紹介した後の、彼いわく「洪水」みたいなアクセス状況を見て、改めて初級者向けのニーズが高まっていることを痛感しました。ちなみに昨日までにアクセスが30,000pvを超えたそうです。

たしかに、たとえばWGCの投資家リサーチ結果など見ても、金の初歩的知識(例えば、投資需要、宝飾需要、工業用需要があるとか、地上にプール3杯分の在庫があるとか、その程度の話)でも、知っている人は全体の1割にも満たないというのが実態です。かといって、本欄のように、毎日のように更新しているコラムで基礎的知識を繰り返すわけにもゆきませんよね。そもそも本欄は、筆者の「趣味」で、金銭的縛りなど一切なく、勝手気ままに書いているわけですし。しかし、金市場の裾野が広がるとともに、初心者が急増していることも事実。本欄でも、出来るだけ初心者にも理解できるような説明は加えているつもりではありますが。

本についても、あらためて金の教科書みたいな、地味だけれど真面目で基礎的な本の必要性を感じました。

2010年