豊島逸夫の手帖

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フジイで円高、カンで円安

2010年1月8日

正月休暇中に、人並みに夜寝て、朝6時に起きる生活に慣れてしまった。困ったことは、朝、ブログを書く時間がないのだ。でも、今夜10時を境に、筆者の日常生活モードもNY時間中心のペースに戻るでしょう(というか戻らざるをえない)。筆者にとっては、米雇用統計発表後が、ホントの新年相場入りである。

さて、今朝の原稿を書き始めたのだが、書き進むうちに、たしか、これって前に同じこと書いたよな、という気がして、アーカイブを辿ったら、あった、あった。2009年12月9日付「ドル・キャリー巻き戻し、円キャリー復活」の一文。その中で、こう書いた。

(以下引用)
こうなると一方的なドル下落とドル超低金利を前提に膨れ上がってきたドル・キャリーにも変化の兆しが見られる。その代わりに円キャリーに再びスポットライトがあたりそうな気配さえ感じられる。いわゆる「LIBOR(銀行間金利)」のドル円金利差は0.1%程度の僅差で上下している現状。ひっくり返ってもおかしくないし、 さらにひっくりかえっても不思議ではない。
(引用終わり)

昨日のフィナンシャルタイムズ紙を見ていたら、看板コラムニスト、ジリアン・テット姐さんが、うまいこと言ってた。
"Japan and US in Libor seesaw"=円とドルが、Liborのシーソーだと。

そして、今朝もメール開けたら、欧米のアナリストやトレーダーの友人たちからの問い合わせが並んでいた。
「カンって、何者?」
カンの綴りが、ジンギス・カンの"Kahn"になっているのが御愛嬌。日本の首相や大臣がクルクル変わることには、すっかり慣れっこ(というか、あきれ果てて、9日付にも書いたように、benign neglect=無視して素通り)になっているものの、前任のフジイはいきなり円高発言かまして、新任のカンはいきなり円安発言をかませるという、ここまで180度異なるデビューをされると、その政策的一貫性の欠如そのものが円売り要因になりかねない。

じつは、フジイは、円高発言修正後の評価が上がっていた。ばら撒き民主党政権の中で唯一の財政規律重視派としての言動が評価されていたのだ。借金大国日本のJGB(日本国債)を買って下さる数少ないガイジン顧客さまにとっては、フジイの存在が心の支えだったかもしれない。He will be missed.辛口のLEXコラムでも、フジイを惜しむコメントがあった。それに比べ、ジンギス・カン氏は、どうも...。財政規律が心配だ。だから日本国債格下げを連想させ、ここでもカンが円売り材料となっている。

円安誘導策としては、まだBOJ (日銀)の10兆円規模資金供給策のほうが、実質的に円Liborを引き下げ、相対的にドルLiborを浮上させる効果があるので、マーケットには抵抗感が少ない。

「こうして円安になれば、日本の財務相も日銀もハッピー。そして円キャリーしたくてウズウズしているヘッジファンドもハッピーなんじゃないの」とテット姐さんは結んでいる。

筆者の感覚としては、これでいきなり円キャリー復活とは思えないが、少なくとも昨年のように安心しきってドル・キャリー出来る状況ではなくなったな、ということかな。ドル・キャリーは、一方的なドル先安観測とドルのゼロ金利長期継続が大前提で成立するオペレーションだ。その二つの前提条件が、今年は揺らいでいる。

ということは、ドルを借りて商品を買うというオペレーションも、今年はやりにくくなるだろう。仮にドル・キャリーやるにしても、長くは持てない。ますます短期的なポジションにならざるを得ず、こまめに買った売ったを繰り返すことになりそう。そうなると短期的な価格変動は大きいが、中長期的にはレンジを抜けない相場展開になりやすい。これ為替にも商品にも当てはまると思うよ。

毎月の米雇用統計と、ほぼ毎月のFOMC声明のニュアンスで、その1か月のマーケット動向が決まる状況が今年前半は続きそう。FRBが利上げなど出来るわけないと分かっていても、実際にリスクポジションを取る立場になると、もし利上げされたらどうしようと、ついつい勘ぐってしまうものなのだよね。ここらが、理屈で割り切れるアナリストと、割り切れないマーケットを相手にするトレーダーの感覚の違い。トレーダー時代によくAnalysts have two hands, but traders have only one hand.と云う表現を聞いた。アナリストは二つの手を持つが、トレーダーは一つの手しか持たない。(決して差別的表現ではありません)。

アナリストは、on one hand 利上げはないだろうが、on the other hand利上げの可能性が消えたわけではない、と言える。でもトレーダーは、買うか売るか、利上げありか無しか、どちらかにベット(賭け)せねばならぬ。個人投資家も結局はトレーダーと同じ立場でしょう。理屈は理屈として、最後は自己責任で、どちらかにコマを張らねばならないのだから。国債だって、on one hand 安全資産と言われるが、on the other hand これだけ増発されると価値も薄まる。さて、あなたなら、どうする?株の世界では増資がdilution=希薄化による価格下落と普通に語られるが、国債ではこれまでdilutionによる価格下落が個人投資家にはさほど意識されていなかった。機関投資家が買い支えてくれるし。でも機関投資家の運用資金の源は個人マネーなのだけど。

さて、中国から帰国して日本のテレビを見ていたら、NHK紅白の一部を流していた。じつは広州のホテルでもNHK衛星で紅白見られたのだけど、凄く違和感があった。それは映像と音声に5秒の差があるから。これ、中国当局の検閲なんだよね。そこまでして中国の悪口を国民には知られたくないの、と思ってしまったけどね。CNNでも、突如、blackout=画面が消えてシャーシャ―になってしまう。その次のニュースになると自動的に復帰する。やっぱり国の体制が違うという、当たり前のことだけど、今更のように感じた。

今朝の日経朝刊国際面に「中国 物価上昇圧力一段と 中銀 手形金利上げ」という記事が載っているけど、あの国では金利機能には限界がある。我々が考えるような金融政策が効かない。末端の銀行支店にゆくと、貸出の決定には党に対する貢献度とかコネとかの非経済要因が影響する。人民銀行がいかにバブル抑制のために金融引き締め措置を唱えても、党が失業による人心不安を懸念すれば、金融政策は実質的に骨抜きにされる。

最後に、筆者の3連休は、北近江(長浜)に鴨鍋食べにゆきます。毎年恒例なのだけど、同好の士が集まり、今年は16人のツアーに膨れ上がりました。冬の琵琶湖で取れたての鴨の肉を北近江の寒気の中で数日熟成させると、その赤みの色合いが実にあざやかで新鮮。そして一緒に食するセリとネギが、雪下から取りだされたもので、シャキシャキで独特の甘みがある。いつも肉一人前に対して野菜2人前頼むほど。鴨フレーバーの野菜鍋という感覚なのだ。1月の若い鴨と2月の脂の乗った鴨では、これまた味わいが違う。甲乙つけがたい。一昨年は1月と2月と2回、関西出張帰りに寄ってしまった。取り寄せも出来るのだが、東京で食すると気が抜けたビールみたい。やっぱり、あの北近江の寒さの中で食べるからいいのだよねぇ。

前回はチャーハン談義でしたが、今年から、このコラムでも、食い物談義を積極的に載せてゆきますよ!

2010年