豊島逸夫の手帖

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中国からの人民元レポート

2010年6月21日

上海で現地の金融関係者と話しをしているときに頻繁に出る言葉が、「プラザ合意」だ。日本はプラザ合意で米国に屈し、超円高を招き、失われた10年を歩むことになった。我々は、その轍を踏むようなことはしない。人民元のことは自分達で決める。おおむね、このような主張である。だから、人民元を完全自由化させ、その相場形成を欧米市場のマーケットに晒す、などという選択は無いと言ってよい。

G20でオバマはじめ各国がうるさく言うだろうから、とりあえず「弾力的かつ安定的に」人民元を管理する、ぐらいのことで取り繕っておくという姿勢がミエミエだ。結局、外国は、すわ人民元切り上げだと大騒ぎするが、現地は周りが騒ぎすぎとケロッとしている。筆者がこちらに来るたびにヒシヒシ感じるのが「北京の奥の院」=党の意向の強さだ。党は、失業増=人心の不安定化を許容しない。

本欄でも「中国バブルを本気で弾けさせる気はないよ」と繰り返し書いてきたけれど、人民元についても同様である。人民元を本格的に切り上げることは、国内の失業増を意味する。人民元上昇を市場介入で食い止めることで、中国は他国に失業も輸出してきた。その輸出した「失業」を再輸入することは選択肢に無い。

とはいうものの、人民元自由化を許容する議論もないわけではない。インフレ懸念が顕在化する中で、人民元切り上げによる国内物価抑制効果は中国当局とて認識していることだ。とくに食料品の価格上昇は、庶民の生活を直撃するので、失業同様に社会不安要因として党本部も警戒している。

そして今こそ人民元が国際通貨となるチャンスと見る中国国内のアナリストも少なくない。三極通貨ドル、ユーロ、そして円が、どれもソブリンリスクを抱える今こそ、人民元が国際金融市場に本格デビューする時という考えだ。三極通貨不信に陥ったマーケットは、当面ワンポイント・リリーフみたいに無国籍通貨=金に傾斜している。しかし、次の試合の先発は人民元と考えれば、そろそろウオーミングアップ開始の時期かもしれない。今回の人民元弾力化宣言は。チーム監督の中国人民銀行総裁による先発予告と見えなくもない。

金の世界から見れば、完全自由化された人民元はかなり強力なライバルになり得る。通貨不信の中で、これまで金に一極集中してきたマネーが 人民元にも分散することになろう。

しかし、その日が来るのは、まだまだ先のこと。それまでは、ドル、ユーロ、円という、体調に問題を抱える先発陣のローテを遣り繰りする日々が続きそう。中継ぎ=資源国通貨、セーブ=金の勝利の方程式で、なんとか逃げ込み態勢を図ることになろう。

なお、現在のクローリング・ペッグ、すなわち芋虫が這うように、徐々に少しずつ切り上げてゆく方法は、投機筋にとって最もおいしい展開だ。エコノミスト的な発想で言えば、一度にドーンと切り上げてしまうのがベストなれど、現実問題としては、その一度の痛みに耐えられない。結局、ホットマネーが第一波、第二波と人民元買い攻勢を仕掛けることになる。それを受ける人民銀行は更なる人民元売り、米ドル買いオペを強いられる。外貨準備は貯まる一方である。

2010年