豊島逸夫の手帖

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金融規制 - 性善説か性悪説か

2010年7月23日

最近のNY株式市場で日中、ダウ平均が異常な動きを示すことが頻繁に起きる。5月6日にダウが1000ドル近くも瞬間的に暴落したのは誤発注のようだが(まだに真相は不明)、 寄りつきや引け際に100-200ドル幅でストンとエアポケットに入ったように落ちる場面は珍しくない。

これは明らかに規制を恐れる市場参加者が売買を手控え、市場の流動性が減少している証拠である。まとまった売り注文が出ると、それに対して直ぐに買い手がつかないのだ。これまでは大手投資銀行の自己勘定取引部門が銀行自身のリスクで買い手に廻るとか、ヘッジファンドが買いを引き受ける役割を果たすことで市場の潤滑油となってきた。

しかし、オバマ政権はまさにそこに規制をかけることになった。たしかに大手銀行の自己勘定取引部門が目の仇にされるのにはワケがある。あのサブプライムの根源になったCDOという玉石混交の債券のミックス定食みたいな証券化商品を、銀行は「自己勘定」で大量に抱えていた。「自己勘定」で資産を抱えるということは、ディーリングの一環として、とりあえず保有するということなのだが、実態はCDOをズルズルと長期に亘って自己勘定に入れっぱなしにしていた。

サブプライム以前は「規制緩和」「自由化」が進み、公正で透明性のある価格形成により自由競争市場が発展するという考えが支配的であった。人間の良識に任せるという意味で性善説による制度とも言えた。しかし、人間にやりたい放題やらせると とんでもないことをしでかすということをリーマンショックは思い知らしめた。

そこで一転、規制強化すなわち性悪説の方向に流れが傾斜することになったのだ。そもそも銀行は預金者のカネを企業の貸出に廻して経済成長を支えるのが本業であり、それをヘッジファンドに出資したり自己勘定取引部門で投機的売買に振り向けるなどは本筋から外れている故、禁止すべしとの議論。しかも大手銀行は巨大化したので、too big to fail=大き過ぎて潰すに潰せないという状況に陥った。

そこで銀行の規模を小さくして、預金、貸出などの伝統的銀行業務以外の証券関連業務などは本体の銀行からは分離すべし、との声が高まることになる。以前、銀行証券分離により銀行の規模を規制していたグラススティーガル法の時代に戻れという発想である。

そもそも銀行は儲けすぎなので、儲からないように稼ぎ頭のデリバティブやデビットカード部門に規制の網をかけようという動きも見られる。

FRBのゼロ金利政策は、銀行にとって、おいしい話だ。一般企業の仕入れにあたる資金調達がタダ同然に出来るのだから。そこでFRBから仕入れたコストゼロに近いマネーを、銀行自身がハイリスクハイリターン商品で運用して多額の収益を上げることが出来る。もし運用に失敗して金融不安が起こっても、いずれお上がbailout=救済してくれるという、いわゆるモラルハザードの気配も濃厚だ。相場で儲かれば銀行幹部は高額のボーナスを手にして、損すればそのツケは納税者に廻される。

まだ失業者が溢れ住宅差し押さえが相次ぐ街角(メインストリート)と、兆円単位のボーナスが支給されたウオール街との間には景況感の差が歴然としている。そこで中間選挙を控えたオバマとしても、ここは大衆迎合的と言われようが金融規制強化は譲れない。

しかし、株、外為、商品市場では、その結果リスク資産が圧縮され、売買がスムーズに成立しなくなる。冒頭に述べたようにワケもなく値が飛ぶような現象を見せつけられると、ますます客足は遠のく。

さらに銀行内でもリスク管理がより厳格になるので、トレーダーの売買も短期さや取りに限定され、中長期の戦略的ポジションは取りづらくなる。あるいは取ることを禁止される。朝買ったら夕方までには売り手仕舞う。宵越しの(オーバーナイト)ポジションは持たない。デイトレード主体になるので、日中の価格変動はますます激しくなりがちなのだ。

それから、商品市場には別枠の規制が導入されつつある。こちらは投機マネーが原油、穀物価格を押し上げて庶民の生活を圧迫させる結果を招いているから規制すべし、との考えによる。具体的には商品先物市場でプロが張れる相場の規模を制限しようとの発想だ。ポジションリミットと呼ばれる措置である。

これで影響を受けやすいのが、いま東証でも数多く上場されるようになった商品ETFだ。ただでさえ市場規模が小さいのでETFの値づけがスムーズにゆくか不安が残るのに、さらに胴元の売買が規制されると、相場が荒れた場合にまともな値がつかなくなるリスクが顕在化しかねない。投機筋が原油に買い攻勢を仕掛けた場合に、それに対抗して売り値を提示するのがマーケットメーカーと呼ばれる胴元の役割だ。その値づけ機能に制約を課すと、投機筋の意のままに、薄商いの中、原油価格が暴騰して誰も手を出せないという結末さえ考えられる。

残高が4兆円を超すお化け商品のSPDRゴールドシェアは別格だが、一般的に他の商品ETFは、じっくり流動性の有無を見極める必要があろう。

なお、原油穀物価格高騰は即、庶民生活を直撃するが、金価格が上がって困る人は少ない。それゆえ政治問題化しにくく今回の規制の網からも外れている。原油、プラチナが下落する中で、金は高値圏を維持している理由の一つがここにあるのだ。

2010年