2010年12月21日
(上記イラスト:日経マネー「現場発 豊島逸夫の国際経済の読み方 2011年1月号22-23ページより」)
上流FRBダムから大量のドルを「放流」するバーナンキ議長。中国に、それは「通貨の世界の宣戦布告」と映る
以下、本文
「日本の軍艦が中国領海内に侵入し、中国の漁船に体当たりして引き返していった」。毎月の中国出張の度に会う若いスタッフたちは、この「大本営発表情報」を信じて疑わない。当然である。それしか情報が無いのだから。この壁を越えるのは容易ではないと感じている。流出ビデオを見ても「正当な防衛行為」と反論するであろう。
そして米国に関しては「プラザ合意で円高攻勢をかけ日本経済をバブルに沈めたが、今や我が国に人民元高攻勢をかけつつある。しかし日本と同じ轍は踏まない。」と語る。中国では、そのものずばり「通貨戦争」というタイトルの本が100万部を越えるベストセラーにもなったほどに国内の関心は高い。
その米中通貨戦争の構図は、米国は中国にインフレを輸出しているのだから、中国は米国に失業を輸出して対抗するというもの。しかし、この経済戦争は虚しい。結末は「両者負け」と決まっている。通貨戦争に勝者は無いのだ。
11月3日の米国FOMCで決定された6000億ドルのQE2(第二次量的緩和)も、中国人には第二波のドルばら撒き(ドル安、人民元高誘導)作戦と映る。バーナンキが「デフレにはヘリコプターからドル札をばら撒けば良い」と語った話は中国でもネット経由で広まっており、ヘリコプターベンの侵入をなんとしても水際で阻止する構えだ。中国人にしてみれば、米国発の金融危機の後遺症から脱却するため。
バーナンキは上流のFRBダムから大量の流動性を放流している。この鉄砲水は株畑、商品畑に流入し、さらに下流の新興国、資源国を襲いつつある。米国の都合で勝手に放流されて流域の住民はたまったものではない。量的緩和マネーの土石流は国内バブルを招き、かつドルの大量発行でその価値は希薄化。外為市場ではドル売りが加速し、人民元にはさらに買い圧力が強まる。QE2は、「通貨の世界での宣戦布告だ!」と憤る。
対して米国の筆者の友人たちは、「とんでもない! そもそも中国は人民元を異常に安く誘導して、我が国に中国製品の安売り攻勢をかけ結果的に失業も同時に輸出している(米国内の雇用を奪う)ではないか。最初に仕掛けたのは中国のほうだ。もっと中国人民が消費を増やし米国製品を買って輸入してくれれば、ドルが大量に中国国内に流入することもなかったはずだ。」
とはいうものの、米国にも中国にもお互い様という弱みはある。中国が貯め込んだ外貨準備2兆6千億ドルの多くを米国債で運用せざるを得ない事実だ。米国は中国の巨額の外貨準備を人質に取り、中国はいざとなれば米国債売却作戦も厭わず、と、米国の借金証文を担保に押さえている。
この米中通貨戦争。弾薬の量から見れば断然米国に分がある。なんせ人民元安誘導作戦用の弾薬=ドル札はいくらでも刷れるのだから。このドル安攻勢に対抗して人民元安を維持するために、中国側は外為市場で巨額のドル購入に走り、外貨準備は未曾有の規模に膨張。しかし、その米ドルは減価する一方。そこで中国側の採った防衛策が実物資産購入備蓄である。典型的な例が銅。
SRB(国家備蓄局)は、2009年初頭に250,000-300,000トンの銅(年間生産量の約2%)をトン単価3500ドル前後で購入したと言われる。直近の銅価格はトン当たり9000ドルを超えたりして、ざっと15億ドル以上は儲かっている勘定だ。 金も中国人民銀行が金準備を積み増し、IMFへの申告ベースで見ると600トンから1054トンに急増している。年間金生産量の17%に匹敵する購入量だ。推定平均購入価格は726ドル。現在は1400ドル近くまで高騰。
さて問題は、世界を巻き込むこの経済紛争に果たして停戦協定は成立するのか、ということ。この戦争終結の望ましいシナリオは、人民元相場を実勢に委ねることだ。これは中国側の輸出産業への多大な失業の再輸入を意味する。しかし輸出依存型から内需消費主導型への産業構造の転換には時間がかかる。
そこで、停戦協定が成立しなければ、米国は焦れて保護主義に走るは必至。米国に追随して中国を含め世界各国が貿易障壁を高めれば、国際経済は「縮小均衡」に陥る。各国経済がそれぞれ我が道を行き、ちんまりまとまってしまう結果になる。
この「全員負け」シナリオを回避する手立てはただ一つ。米中含め世界各国が歩み寄り、ドーハラウンド(多角的貿易交渉)合意に向けて歩み寄ることだ。1プラス1が3になるのが完全自由貿易のもたらす「拡大均衡=世界経済のパイ拡大」効果。各国が比較優位を持つ産業に特化し、比較劣位の産業は敢えて他国に譲る、互恵の精神が世界経済を救う唯一の道なのだ。
財政政策は財政赤字拡大、金融政策は通貨供給過剰によるバブルという後遺症を産むが、貿易政策は短期的に特定産業に強い痛みをもたらすものの、そこを凌げば後遺症もなく経済の力が蘇る。これが、米中含め「全員勝ち」のシナリオである。
もちろん「言うは易く」であり、各国国内産業が猛烈は反対運動に出るは必至。経済が極限の危機的状況に置かれなければ、全員が「自由貿易やむなし」のコンセンサスでまとまることは難しいかもしれない。世界的経済成長本格回復は可能だ。最大の障壁は人間の心の中にある。
以上
さて、本日発売の日経マネー2月号20-21ページでは、「現場発 豊島逸夫の国際経済の読み方」にて、「愛の国の悲劇 危機の実態を見てきた」と題して、アイルランド訪問記詳報を書きました。ぜひ「買って」読んでね。そして、とじこみ葉書で感想をお寄せください。
なお、同143ページに、1月29日開催「日経マネーナイトin京都」の告知も出ています。20年来の友人、澤上さんとの本音ぶっちゃけトーク。時折やってますが、毎回、マイクの奪い合いになります(笑)。