2010年2月18日
昨晩、2009年年間金需給統計がロンドンで発表されました。(今朝の日経朝刊4面の経済面にも報道されています)。それを見ると、近年の金価格上昇が、構造的変化によってもたらされていることが分かります。
まず、90年代に金価格が長期低迷に陥った最大の要因であった中央銀行の金売却が激減していること。毎年、年間500トン前後を売却していたのですが、2009年には前年比81%減の44トンにまで落ち込んでいるのです。しかも、2009年の四半期別に見ると、1-3月期に61トンの売却を記録した後は、3連続四半期で売り越しから買い越しに転じています。四半期ごとの売却量が4-6月期マイナス5トン(つまり5トンの買い越し)、7-9月期マイナス9トン、10-12月期にはマイナス4トンとなっています。この背景には、基軸通貨米ドルへの信認低下、そして特にBRICs諸国の中で、外貨準備の中の金の保有比率を高めようという動きが顕在化していることが挙げられます。
次に、欧米諸国と中国で金の投資需要が急増していること。さらに金投資商品の種類も多岐に亘り、色々な投資家が、様々な目的で、金をポートフォリオに組み込んでいることが裏付けられます。
まず、2009年の投資需要は1,774.7トンで前年比99%アップを記録しました。(注:この数字には、確定できないが推定できる投資用金購入も含まれています)。その地域的分布を見ると、米国、スイス、ドイツ、そして中国などの増加が目立ちます。逆に、中国以外の新興国(アジア、インド、中東)では減少傾向になっています。これは、サブプライム・ウイルスの汚染度が高かった欧米にリスク分散傾向が強まっていること、そして中国では底堅い経済成長の元で金に関する規制緩和が同時進行しているためです。
投資需要の内訳を見ると
需要項目 |
重量 |
前年比 |
金地金 |
169.9トン |
57%↓ |
金貨 |
234.4トン |
25%↑ |
メダル |
35.8トン |
49%↓ |
金口座など |
236.2トン |
11%↑ |
ETF |
594.7トン |
85%↑ |
その他(指定される機関投資家などの購入) |
503.8トン |
- |
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ちなみに、上の表の「その他」の部分の数字は、確定できないが、推定できる投資需要なのですが、ここが2008年はマイナス292.6トン、つまり投資家の売り戻しのほうが多いという状況でした。ですから800トン近く増加したことになります。この項目は、従来、投機的売買が多かったのですが、2009年にはヘッジファンドによる戦略的長期購入が増えていることが特徴です。投資商品も金特定保管口座が急増しています。これは、金を銀行に預ける場合に、金地金の刻印番号まで指定して預託する方式です。なぜ、この方式が選択されているのかといえば、万が一、銀行が破たんした場合でも、金地金が特定されて保管されていれば保護されるからです。サブプライムの教訓なのでしょう。
なお、上記の金地金がマイナス57%になっている理由は、地金購入が新興国に集中しており、新興国の特徴として、安値圏で買って長期保有し、高値圏で売り戻すという「バーゲンハンター」シンドロームが見られるからです。
一方、これまで金需要の大黒柱であった宝飾需要は景気低迷、価格上昇による買い控えで、前年比マイナス20%の1,747トンに落ち込みました。いまや投資需要が金需要のコアになっています。これも歴史的金市場の構造変化と言えます。コモディティーとしての金(宝飾素材、ハイテク素材など)の顔と、金融商品、通貨としての金の顔の二面性が、より明白になっているとも言えましょう。
それから、リサイクルの急増も注目されます。日本でも各地に「金、プラチナ、買います」のノボリが見受けられますが、このリサイクルは世界的傾向です。2009年には、その量が前年比27%増の1,549トンに達しました。これは過去最高水準です。
金の金属としての特徴は腐食しないこと。ですからツタンカーメンの古代エジプト以来、採掘された金はこの地球上になんらかの形で残っており、価格が上昇するとリサイクルの形で市場に還流してくるのです。これは、燃えたら消える原油と決定的に違うところですね。
最後に国別に見てみましょう。これまで世界最大の金需要国と言えば、断トツでインドでした。それが、2009年にはインド激減(マイナス33%で 480.0トン)、中国堅調(プラス7%、461.9トン)の結果、これまで二位の中国がトップランナーに肉薄してきたのです。
インド激減の理由には、ルピー安でルピー建て金価格がとくに割高になったこと、そして食物価格が19%も上昇するなど実質可処分所得が減少したことが挙げられます。しかし、インドの金需要は婚礼需要に支えられているので、花嫁の父としては娘に出来るだけ多くのゴールドジュエリーを「持参金」として持たせることが、親の甲斐性なのです。2009年10-12月期には婚礼シーズンになり、ついに待ちきれなくなった花嫁の父が、価格下落を諦めて、やれやれ買いを入れる局面も見られたのです。インドの金需要は、そのような文化的背景に根ざしているので、徐々に復活してくるでしょう。
対して中国は、近年、段階的に規制が緩和され、投資需要が伸びています。さらに中国人は、価格が上昇すると、その勢いに乗って買い上げてきます。国内のインフレ要因も、インフレヘッジとしての金買いを加速しています。
このように、金投資需要の急増、宝飾需要の低迷、中央銀行の金購入増加、そしてリサイクルの急増など、金市場の景色がかなり変わってきたのです。金価格上昇が一過性のバブルではないことが、この需給統計は示唆していると言えましょう。