豊島逸夫の手帖

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草食系金投資のススメ

2010年8月20日

「金をポートフォリオに組み込みたいが、史上最高値更新が相次ぐような高値圏で果たして買ってよいものか?」

金初心者の投資家が抱く素朴でもっともな疑問だ。結論から言うと、史上最高値などとマーケットがお祭り騒ぎの最中は傍観して、パーティーには参加しないほうがよろしい。宴の後で、参加者たちが二日酔い気味のときから始めても遅くない。ただし、まとめ買いは避け、ドルコスト平均法など購入を時間軸で分散させることが大事。

金市場にいると、リーマンショック以降、手負いの投資家たちが満身創痍で駆け込み寺のように金に駆け込んでくる。どんどん、門を開けてください!保有していた株は紙きれ同然になり、安全と思っていた国債にはソブリンリスクが生じ...

FXで大怪我した投資家も駆け込んでくる。ユーロという若い愛人に手を出したら、とんでもなくカネ使いが荒く、古女房の米ドルに戻ろうと家にすごすご帰ったら、金融規制とかで締め出され...

しかし、そこで筆者は釘を刺さねばならぬ。金とて安全資産ではないよ、ということを。マーケットがリスク回避モードになると、決まってメディアでは「安全性を求めるマネーが金市場に流入」と解説される。しかし、これが非常にmisleadingな言葉なのだ。

金価格の日々に動きを追っていると、安全どころか短期的乱高下の繰り返しである。価格変動リスクがハンパではない。それでも「安全」と思われるのは、(現物を購入すれば)実物資産として最悪破たんして紙くずになることはない、という意味で信用リスクはゼロと言い切れることであろう。誰の債務でもない資産=no one's liabilityと英語では表現される。

さらに金は金利も配当も生まない「不毛の資産」である。金に投資されたマネーが再投資されることはない。故にインカムを生むこともない。しかし運用の失敗でゼロになることもない。当たり前のことであるが、それが有難く感じられる時代になってしまったということか。

それでも、おカネにはきっちり働いてもらわねばならぬ。金が面白いからと国民が皆、金に走ったら、その国の経済成長は覚束ない。だから、投資の世界で金は常にわき役であるべき。主役は株、債券である。ポートフォリオ全体の一割程度を金現物で長期保有すること。そのうえで、実は、その一割が役立たない状況が一番望ましい。最近は、役だってしまうことが多いのだが...

将棋の中原名人が金業界誌の座談会で、「金をやたらに動かす将棋はへぼ将棋だ」と、金投資の極意を一言で看破されたことがある。金というコマの役割は、どっしり構えて王将を守ることなのだそうだ。株が攻めの投資とすれば、金は守りの投資とも言えようか。

手負いの投資家たちは、さすがに懲りているから、金購入の理由としても「1/10とかに価値が極端に下がることはない」と答える。金地金に触れると、しみじみ「癒し」を感じると語る人も少なくない。

金価格1200ドルと言われても、割高なのか割安なのかバリュエ―ションを計るベンチマークがないことも悩ましい。あるセミナーで、参加者の一人が金地金を持って、このPERは幾らですか、と聞いてきたときには筆者もひっくりかえりそうになったが。でもその気持ちは分かる。

その金価格のベンチマークを敢えて探せば、上値は実質金価格。1980年につけた875ドルが長く史上最高値であった。この名目価格をその後の物価上昇率を加味した現在の実質価格に引きなおすと2200ドルほどになる。1980年平均価格ベースで見れば、1600ドルである。この水準と比較すれば、金価格はまだ史上最高値を更新してはいない。

では下値はどうかと言えば、生産コストである。10年前には200ドル台であった金生産コストが近年急上昇して、2009年には長期操業維持可能なコスト水準が900ドル台にまで上がってきている。これを下回れば、鉱山の閉山や減産が相次ぎ生産量が減少することで需給が締まる。

さて、長期保有が原則と分かっていても、持てば気になる価格の動き。大底で買って大天井で売ることなどは望むべくもないが、買った途端に下がるのでは良い気持ちはしないだろう。

そこで金価格を見る勘所。

今の金市場には、リスクを避けて逃避してくる「雨宿りマネー」と、リスク分散のために長期的に金におカネを入れてくる「お引っ越しマネー」の二種類がある。雨宿りマネーは、おもにNY金先物市場の軒先で通り雨の過ぎ去るのを待つ。浮動株主とも言える。ヘッジファンドなどがその典型で、決算期や顧客の解約が相次ぐと一斉に売り手仕舞いに走るので、価格急落を引き起こす。

そこで勘所は、雨宿りマネーが撤退するときが、金へのお引っ越しに時分どき。

決算期のある機関投資家が売らざるを得ないときが、決算期のない個人投資家がプロに勝てるチャンスでもある。筆者がトレーダー時代には、 決算期のない個人が実に羨ましく思えたものだ。あと2週間持ちこたえれば、なんとかなるのに...、と。

リーマンショック後の金価格の急落、急騰が格好のケーススタディーとなろう。株暴落後、顧客の集中的解約の波、そして先物取引のマージンコールに見舞われたファンドはキャッシュ捻出のために、株も金も運用資産全てにわたって売り手仕舞いを強いられた。その結果、金価格は200ドル以上の暴落。しかし、その売りの波が一巡すると、年金や新興国の長期投資家の金買いが大量に入り、結局、金価格は史上最高値をつけるに到った。

そして2010年は欧州財政危機。仮にギリシアのデフォルトなど極端な状況になると、これと似たような金価格の乱高下が予想される。

今回はソロスとかポールソンなど大型ヘッジファンドが大量に金を保有していることが、SECへの四半期ごとの運用資産開示で明らかになっている。彼らが売りに走るときが個人にとっては買い時となろう。そうはいっても、金価格高騰はバブルではないのか、という声も聞こえてくる。

たしかにNY金先物市場の買い越し残高が過去最高の水準にあることはバブルっぽい。しかし、今回の金価格高騰は以下の7つの構造的要因が複合的に推進力になっているので、バブルとは言えない持続性がある。

1.
日米欧の財政不安(ソブリンリスク)。
2.
ドル、ユーロ、円の弱さ比べという通貨不信のなかで無国籍通貨=金が通貨の原点回帰として浮上。
3.
デフレ懸念とインフレ懸念(デフレ=金は売り、と古い金の教科書には書かれたが、実際にデフレになったとき、金価格は上昇した。デフレスパイラルに陥り、破たんリスクが高まったためだ)。
4.
超低金利政策継続(金利を生まない金は金利動向に敏感だ)。
5.
中国、インド経済の立ち直り(金需要の6割以上は新興国だ)。
6.
年金、富裕層の金ETF市場への参入。
7.
金生産量の伸び悩み(国際金価格は5倍に急騰したが、年間産金量は2400-2600トンで一向に増えない)。

一方、金価格下げ要因は3つある。
1.
利上げ(2011年後半に先送りされそうだが、いずれ出口戦略発動となれば金は売られる。しかし、名目金利は上がっても実質金利がそれほど上がらない状況が考えられる)。
2.
ヘッジファンドの売り手仕舞い。
3.
リサイクルの急増(金は腐食しないので高値になれば市場に還流して価格上昇にブレーキをかける)。

なお円建て金価格は円高でさほど上がらないという固定観念がある。実際に過去10年間を振り返ると、ドル建ては5倍、円建ては3.5倍に上昇している。この差が円建てによる相殺部分と言えよう。

さて、いよいよ買う場合に、どのような商品を買えば良いのだろうか。それは読者諸氏の投資タイプによる。

まず、「自分年金」の一部とか、資産の長期的分散投資を考えて金をじっくり購入したいというタイプには、純金積立がお薦め。毎月3000円から定額をコツコツ積み立ててゆく。いわゆるドルコスト平均法である。初心者は、忘れられる金額から始めるのがコツ。居酒屋で一回に使う金額を毎月金積立に廻すと良い。そしてBuy and forget=買ったら忘れるぐらいの気持ちで臨むこと。そうは言っても、人間は慾から離れられないから、3000円でも積立始めると、急に価格が気になり始める。それまでワイドショーしか見なかった人でも、国際ニュースでイラン情勢とかバーナンキ発言が気になり始めるものだ。こうなればしめたもの。日本人に欠けているとされる国際感覚が徐々に身に付き、半年もすれば土地勘が養われ、自分なりの相場観も出来てくるものだ。そこで次の一歩。更に本格的に買い増すタイミングをじっくり探せばよい。この商品にはスポット購入制度という、一度にまとめて買いを入れるシステムがあるのだ。

熱いお湯にいきなり浸るのではなく、徐々に熱さに慣らして、投資感覚というより貯蓄感覚で臨むと良い。

この純金積立の歴史は長く、地味な商品なので、バブルの頃はもはや古い商品とされていた。ところがリーマンショック後に、レバレッジを外す傾向が強まり、複雑にストラクチャーされた仕組み商品からシンプルで分かり易い商品に投資トレンドが回帰(back to simplicity)する中で、改めてリバイバルして、いまやメインの売れ筋になっている。これも時代の流れであろう。

かくいう筆者も自分のカネで金を買うときには純金積立と決めている。12年間、スイス銀行のプロとして毎日、金先物の投機的売買に従事した筆者が得た教訓は、「相場には打ち出の小槌も無いし、未来を見通す占いの水晶玉も無い」ということ。実際、短期売買の平均成績は8勝7敗でオンの字であった。だから私のトレーダー仲間も、自分の資産運用となると実に地味である。ビギナーほどびっくりするようなレバレッジをかけたがる。

そして、手負いの投資家タイプには、金投資の王道、金地金や金貨を直接購入して保有することがお薦め。もはやペーパー資産など懲り懲り。実物資産なら破たんしない。と考えれば、その現物をシンプルに保有することが究極の金投資である。

金貨も初心者が少額から始めるときには向いている。さらに、相続資産としても金貨は小分けできるので、不動産相続時の醜い争いが起きにくい。土地と比べていつでも売れて、しかも固定資産税もかからないという特徴もあるので、相続資産用として金貨をまとめ買いする人も増えてきた。

最後に消費税を利用した裏ワザをひとつ。現在、金現物を購入するときには5%の消費税がかかるが、売り戻すときには買い取り価格に5%が上乗せされる仕組みだ。そこで消費税が5%のうちに買っておけば、10%以上に上がったときに、その分は儲かるということになる。消費税増税に対するささやかな防衛策と言えようか。

まとめると、リーマンショック後の金投資トレンドは、レバレッジかけてデリバティブを買う肉食性投資ではなく、コツコツ地味に積み立てる草食性投資なのだ。

2010年