豊島逸夫の手帖

  1. TOP
  2. 豊島逸夫の手帖
  3. バックナンバー
  4. 世銀総裁が金本位制論に言及
Page952

世銀総裁が金本位制論に言及

2010年11月9日

日経朝刊経済面では、「五大通貨で新体制、世銀総裁が提言」との見出しで、小さな記事だが「物価や通貨価値を測る指標として、金=ゴールドも活用すべきだとしている」と報じられている。

これがフィナンシャルタイムズ紙になると一面トップの扱いで
Zoellick seeks gold standard debate(ゼーリック世銀総裁が、金本位制議論を探究)
という派手な見出し。

The (international currency) system should also consider employing gold as an international reference point of market expectations about inflation, deflation and future currency values.
新たな国際通貨制度は、インフレ、デフレ、将来的通貨価値についてのマーケットの期待感を測る参考指標として金の使用も考慮すべきだ。

Although textbooks may view gold as the old money, markets are using gold as an alternative monetary asset today.
教科書では金は古い通貨と看做されているが、マーケットは金を代替的通貨資産として扱っている。

まぁ、金本位制復帰論というのは大袈裟であるが、世銀総裁が通貨の世界に於ける金の復権を唱えたことの意味は大きい。彼の発言は来るべきG20に向けて模索される、新たな国際通貨制度の枠組みについての提案の中に盛り込まれたものだ。

実際に金を決済通貨として流通させることを意識したものではなく、あくまで通貨バスケットの中に金を組み込むとか、金価格を例えばインフレターゲティングの指標の一つとして用いるとか、その程度の議論だと筆者は理解している。

金本位制そのものは不況下でも弾力的な金融政策の発動が出来ず、国民に緊縮経済の痛みを強いることで経済の回復を計る制度ゆえ、その復活はあり得ないと、「金を通して世界を読む」の54ページ以降で断じた。国際通貨制度の変遷の歴史については「金に何が起きているか」の147ページ以降に詳説されている。

と、ここまで鳥の目の議論であったが、虫の目に転じれば、金価格がついに1400ドルを突破。昨日の本欄でも述べたように外為市場ではドル高気味の地合いの中での大台突破となった。今回のドル高は、アイルランドなどの債務不安再浮上に伴うユーロ売りの反対取引という面が強い。ドルが見直されて買われているわけではない。「悪いドル高」の範疇に入る動きである。従ってドル高=金安という法則が当てはまらないのだ。相場のテーマとしてはドル安に加え、量的緩和の齎す長期インフレ懸念が浮上していることが挙げられよう。

初心者向けに現在の金価格高騰7つの理由を列記しておこう。

1.ドルも不安、ユーロも不安、円高とはいえ巨額の公的債務を抱える円も不安、人民元は規制が不安ということで、発行体のない無国籍通貨としての金が通貨の世界で見直されていること。

2.ソブリンリスクが意識され、国債としてもデフォルトリスクがあることを痛感した投資家が、破たんリスクはゼロの「誰の債務でもない」金にマネーの一部をシフトさせている。リーマンショック後は株→金という動きであったが、2010年バージョンは国債→金という流れである。

3.先進国経済にデフレの兆候が出始めたことで、金融当局が追加的量的緩和に動いたことで、長期的なインフレ懸念が生じている。短期デフレ懸念、長期インフレ懸念の同時進行の中、リスクヘッジとして金が買われている。デフレもスパイラルに進行すると破たんの連鎖が起きるので信用リスクゼロの金が選好される。

4.ゼロ金利政策継続。金の最大の欠点は利息や配当を生まないことなので、FOMCなどで明記されている実質ゼロ金利の長期続行は金にとって追い風となる。

5.中国、インドなど新興国の金需要増加。

6.欧米年金や富裕層の金ETF市場への参入。

7.金生産量は頭打ち。

なお、下げ材料としては、
1.2012年にずれ込みそうだがFRBの利上げ転換。
2.出口戦略成功で、ゴールディ・ロックス(インフレでもデフレでもない適温経済)の実現。つまりバーナンキを信じられれば金は売りということ。
3.新高値更新で加速するリサイクル、売り戻し。ボディーブローのようにジワジワ効き、価格上昇速度にブレーキをかける。

以上の要因以外にも、上げ材料としては、中央銀行が売り手から買い手に転じたことも見逃せない。90年代に金が長期低迷した最大の要因が、欧州中央銀行による金の大量売却であった。有事の金は死んだ、有事にはドルだとの見方が支配的になったのだ。しかし結果的に金を300ドル程度で売り払い、減価し続ける米ドルを保有するという最悪の運用になってしまった。当然、欧州中央銀行の金売却は鎮静化し、逆に外貨準備を膨張させるBRICsが公的金購入に動いているわけである。

このように構造的要因が多数、複合的に働いているので、持続性のある上昇トレンドとなっている。単に投機マネーのバブルだけとは片付けられない。ヘッジファンドの利益確定、決算対策売りなどで下げ局面も見られるが、下値はすかさすチャイナマネーに拾われている。調整局面が短いことも今回の特徴と言えよう。

なお円高で円建て金価格の上昇は鈍い。長期的に見れば、過去10年間にドル建て金価格の上昇幅は5.5倍、円建て金価格は3.5倍。この差が円高による相殺分と言えよう。

2010年