豊島逸夫の手帖

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劇場のシンドローム 金急落の真相

2011年12月15日

ジム・ロジャーズ氏との日経ビジネス誌上対談のためシンガポールに来ている。奇しくもその前夜に金価格が1570ドル台(本稿執筆時点、12月15日アジア時間朝5時)にまで続落した。
その背景は、なんといっても欧州債務危機による信用収縮=現金化のための換金売りの波だ。金よりキャッシュ。特に、フランス系、イタリア系の銀行の間には、手持ちの金現物をリース市場で貸し出し、ドルを調達する動きが顕著だ。その結果、金のリース・レートがマイナスという異常事態が続いている。貸す方がカネを払っても、金地金を借りてほしいというわけだ。
そして、ユーロ売りの反対取引としてのドル高。ドル建てで取引される金を含む商品全体に非常に強い売り要因として働き市場を圧迫している。
欧州救済のためのIMF金売却の噂も絶えない。金を売却して調達できるドルといってもしれたものだが、IMF支援を強調するアナウンスメント効果はある。
更に、今週は、FOMCで期待されたQE3(追加的量的緩和)に関する言及が一切無かったことで、淡い期待を抱いていた市場には失望感が走った。金市場も株式市場同様にQE依存症に陥っている。先週はECBドラギ新総裁が欧州版QEに消極的発言をしたことも金売りを誘引した。
そして、昨晩は、イタリア国債の利回りが再び急騰。
テクニカル面でも200日移動平均線のあった1600ドルの水準をあっさり割り込んだことで、投機筋が投げ始めている。満員の劇場で誰かが「火事だ」(売りだ)と叫び、観衆が一斉に出口に走る「劇場のシンドローム」現象が生じているのだ。
こうなると膨張した金ETF残高も、潜在的売りの要因とされる。
下げの局面で下値を支えてきた新興国需要も経済減速の影響で迫力を欠く。特に、最大の需要国インドの金需要が停滞している。経済成長率減速による負の所得効果と、ルピー安値更新による現地通貨建て金価格の割高感(=買い控え)という価格効果の両面が効いているのだ。

さて、下値の目途だが、今週号の日経ヴェリタス「相場を読む」では今後3か月のレンジ下限を1500ドルとした。下げのスピードは想定外だが、当面は1500ドル前半がやはり下限と見たい。今後、格付け各社が欧州ソブリン債格付け見直しによる格下げを連発して、フランス国債がトリプルAを失うような事態になると、先月、日経商品面記事で筆者が口走った1300ドルも視野に入る。サルコジ大統領も、「フランスがトリプルAを失っても大事無い」というような開き直りコメントを出しているので、気になるところではある。
なお、1900ドルをオーバーシュートとすれば、今はアンダーシュート。換金売りが一巡すれば、長期上昇トレンドを支える構造的要因に変化はない。
ドッド・フランク法による大手投資銀行の自己勘定売買部門縮小、ヘッジファンドへの出資削減などが市場の流動性低下を招いているので、ボラティリティー(価格変動性)は高い状況が続く。
短期的乱高下を繰り返しつつ、中長期的には価格水準を切り上げてゆく過程である。
1500ドルでも、歴史的な高値圏である。

2011年