豊島逸夫の手帖

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落ち着いてきたマーケット

2007年3月12日

640-650ドルで落ち着いてきた金市場である。この水準でバーゲンハンターの現物買いが徐々についてくるのを待っている感じ。まともな展開になってきた。

昨年5月の550ドルまでの急落は、回復に一ヶ月以上要したが、今回は鎮静化も早い。マーケットがリスクの連鎖に慣れてきたという意味で学習効果か。なお、先物市場ではまだ逃げ遅れた投機家のポジションがしこっている。金ETF残高も591トンが597トンまで急増したかと思えば、先週末には593トンまで減少した。これはヘッジファンドの売りと思われる。

ここで、直近の動きを最近の本欄のタイトルを使ってまとめると、こうなろう。"上海のクシャミ"に端を発する"膨張収縮の連鎖"で、一時的な"リスクマネー撤退"現象も見られたが、"マーケットの基礎的条件は変わらず"、市場内では狼狽売り"ファイアセール"が一巡し、値ごろ感からの買い"バーゲンセール"が進行中である。

それにしても今回の教訓として一般投資家が注意すべきは、マーケットに日々流れるコメントの数々があまりに短期的、近視眼的であること。700ドルに近づけば"ゴールド ラッシュ"、630ドルまで下がれば"コモディティー クラッシュ"だとか"meltdown"とか、おどろおどろしい単語が並ぶ。それもわずか一週間程度の間の話だ。特に経済専門ではない一般メディアは、マーケット内で買いが過熱化した頃に騒ぎ出す習性がある。同様にマーケット内がセリング クライマックス(売りのピーク)になる頃に騒ぎ出す習性もある。筆者やら亀井幸一郎さんやらのコメントが一般メディアに載る頃には、だいたい一相場終わっている。だから、プロの間では"xx紙が書いたら売り"とか言われる。

為替の世界の報道はもっとひどい。円高、円安をデイトレーダーの感覚で報じている。最後の締めは"方向感に欠ける乱高下が続き波乱含み"だと。要はプロだって分からないのだ。筆者はセミナーで、スイス銀行のディーラー時代に12年間で3000回相場張って1600勝1400敗だった事実を語ることにしている。一場所平均8勝7敗の世界だ。7勝8敗の同僚は数年で消えた。だからアマチュアの書く側が分からないのは当たり前。単にマーケットの現状を事実に即してタンタンと余計な形容詞抜きで報じればよいのだ。たぶん、それでは売れない原稿としてデスクに、はねられるのだろうが...。

それから、いまや流行り言葉となった感もある"円キャリー"についても誤解が多い。たとえば円安進行中の時、NY発で、日本人個人投資家がいっせいに"円資金を借りて"、"ドル買いに走っている"という報道が見られた。貯蓄性向の低いお国柄ゆえ、実質ゼロ金利の銀行預金という手元流動性の潤沢なマーケットの実態が想像もできないのかね。"円キャリー"の動きは無視できないが、その規模は統計的に把握されておらず(把握できない)、このNY発報道のように実態から乖離(かいり)してイメージだけが先行している例も少なくない。今朝も、先週は114円への円高コメントを流していた某公共放送が"円キャリー復活"で118円と報じていた。

さらに為替のマーケットで気になることが、国内外のセンチメントのギャップ。国内では株式市場も為替取引業でも圧倒的に円安歓迎論が強い。円高になっては困るギョーカイ関係者が多いのだ。対して、欧米ではドル懐疑論が根強い。とりあえず金利差は稼げるが、長く持つことには抵抗を感じるという長期的ドル離れが深く静かな潮流として進行中だ。このセンチメントの差を背景に、ドルが円に対しては高く、ユーロに対しては強弱まちまちというネジレ現象、そしてクロスレートとして対円のユーロ高騰となって現れている。筆者から見れば、ドルより金のファンダメンタルズのほうが遥かに良好に思えるのだがね。とにかく、日本人投資家としては井の中の蛙にはならぬよう気をつけたいもの。

なお、今日(3月12日)日経CNBCに生出演して最新相場動向を語ります。(午後5時から。再放送同日8時6分から)。

2007年