豊島逸夫の手帖

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バブル化の様相を呈する金価格

2007年10月1日

久しぶりにセミナーも何もない週末。ひたすら寝て、起きては溜まった社内コンプライアンスレポートなどを書くだけ。ゴルフかスキーを欠かさない筆者だが、サブプライム勃発以来ゴルフ場の緑を見ていない。2001年9月11日以来の個人的危機的状況である。

だが、平日のマーケットの喧騒の中では見えなかった流れも静かな週末には見えてくる。日経土曜朝刊のグリーンスパン インタビューは特に示唆的である。

"熱狂とその反動である恐怖意識は人間の本性に基づくので、バブルの膨張、破裂を防ごうとするのはもともと無理。危機の予防や対応のために様々な規制が生まれ、それによって市場の自己修正機能が弱められることを大いに心配する"

本欄9月26日にこう書いた。

グリーンスパンさんが、いいことを言っているよ。
"バブルなんぞは人間の欲望あるかぎり避けられない現象。中央銀行がそれを予防するために諸々の処置を講じても詮無いことだ。マーケットにやりたい放題やらせたうえで、中央銀行は後始末に廻れば良い"。引退すれば本音を言えるのだね。


これは米国CNBCテレビでのインタビューが出所だったけど、さすがに日経記者のプロのまとめ方はうまいね。(速報性ではネットに軍配が上がるが)。

同氏のFTの記事では原油100ドル説に言及していたが、日経記事では"1990年から2005年にかけて進んだディス インフレ過程のピークが過ぎ、インフレ圧力が高まる。今はその転換点にある。"という記述である。

FTの見出しは"return to high inflation"(インフレへの回帰)
日経の見出しは"バブルは防げない"

なお、"ヘッジファンドのバランスシートは一夜で変わる"という発言も同感。そして日経日曜版では"経済論壇から"で、松井東大教授がこれまたいいこと言っている。

"貧困層の住宅取得をかなえたのも、夢の住宅を差し押さえの憂き目の原因を作ったのもサブプライムローンの証券化だった。それが金融関連会社の利己的な動機に基づくものであっても、アダムスミスはその規制には強く反対しただろう。"

自由主義経済は人間の利益追求の欲望(安く買って高く売る)を大前提にしたうえで、需要と供給が増減すると価格が上下して需給均衡点に収まる。価格という"見えざる手"で経済全体が調整される、というシステムである。

低所得者の身の丈以上の立派なマイホーム取得の欲望を満たすために、世界中の投資家のハイイールド(高利回り)追求の欲望が利用された。この両者を取り持つ金融機関も手数料収入増加の欲望に駆られた。その結果、住宅はバブル価格になり、利回りもバブル水準になった。

この後始末はFRB,ECBなどの中央銀行に委ねられている。その答えが0.5%の利下げであった。これは資産インフレという更なるバブルの種を撒いた。
げに、人間の欲望とは際限無きものであることよ。

金価格も遂に740ドル突破。需給ファンダメンタルズの裏づけのないという意味でバブルの様相を呈してきた。NYの先物が買い上げるなかで(NY先物買い残は500トン越え)、中国、インド、中東の現物需給はジャブジャブである。要は売り戻しによるリサイクルが圧倒的なのだ。

筆者はスイス銀行のトレーダーとして700-850ドルをディリングルームで体験した。プロがロング(買い持ち)に走るなかで、カスタマー デスクでは個人顧客の細かい売り注文が山積みになっていた。若かった筆者は、せいぜい数キロ単位の個人売り注文をせせら笑い、700ドル台でひたすら買い続け、850ドル(これはNYで数時間しか続かず)でバブルがはじけた瞬間からパニック売りに転じた。未だ流動性に乏しかった市場では買い手がつかず、気がついてみれば600ドル台で損切りの売りがやっとはまった。そのバブルを破裂させたのは、チリも積もって山となった個人投資家の売り戻しであった。プロの売買は所詮決算期までの短期売買、ゆえにゼロサムゲーム。対して個人投資家の現物売り戻しは売りっぱなし。じわじわとプロが土俵外に押し切られた。
今の金市場の短期的現象も当時と酷似している。

ただ、金価格長期上昇トレンドを形成する様々な構造要因は、当時とは全く異なり、需要基盤は遥かに拡大の一歩をたどり、希少資源としての供給は高値圏にもかかわらず、ほとんど増えない。これは需給ファンダメンタルズに裏打ちされているという意味で断じてバブルではない。

2007年