豊島逸夫の手帖

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リスクはどこへ行ったの?

2007年8月16日

マーケットが風雲急を告げてきた。お盆休暇どころではない。先進国株式の下げは止まらず。ドル円は116円台。円キャリー巻き戻し。ユーロ円に至っては156円台。夏季休暇前に比し10円以上の急落。

一方、この騒ぎの影響が限定的なセクターは、商品と新興国市場。原油は続伸。サブプライムよりハリケーンのほうが強かった(?)。金は660-670ドルのレンジを行ったり来たり。投機的買いポジションの売り手仕舞い(リスク回避)と、リスクヘッジのための長期的買いが交錯。株式市場では中国、インド株が健在。規制により先進国の信用不安から隔離されたカタチだ。

たまたま、昨晩発表された4-6月期の世界金需給速報によると、インドの金需要は前年同期比91%増の317.2トンを記録。これは新記録である。中国も同32%増の75.9トン。中東も20%増の97.5トン。好調な経済成長を素直に映した金需要の急増と言える。こういう側面から見れば、世界経済成長ストーリーは変わらず、ということになる。

さて、今の債券市場発の信用不安―信用収縮―流動性縮小の現象の元を検証すると、リスク分散が裏目に出たと言える。何万もの住宅ローン債権を束ねて新商品を組成し、それを切り売りした。細分化したことはリスク分散の効果を持つ。問題は、その新商品を売る方も買う方も、中味(何万もの住宅ローン債権)の実態をいちいち把握していなかったことだ。その結果、今や、世界中のどの投資家がどの程度のリスクを持つ住宅ローン債権を掴まされたのか、全体像が読めない。リスクを分散した結果、リスクの所在が分からなくなってしまった。

子供の頃、自宅の庭のいたるところに穴を掘って、"お宝"のガラクタを埋めたのだが、後でどこに埋めたか分からなくなった経験を思い出す。

(Where have all the flowers gone? "花はどこへ行った"というフォークソングもあったっけ。)

ECBは、とくに自分の庭(=欧州)にかなりの"お宝"のガラクタが埋まっているらしいといち早く判断し、数十兆円規模という前代未聞の緊急流動性注入に踏み切った。けれども、その救済行為が、そこの住民の間に"うちの庭にも埋もれているかも"という不安感を生じさせている。

こうなると、"証券化"="securitization"という言葉の意味合いが、急速に色褪せて見えてくる。住宅ローンも、個人のクレジットカード支払いも、企業の倒産も、しいては人間の死(脚注)までも、あるゆるリスクを証券化し小口化して販売する手法の"リスク"が問われているのだ。

その反動として起こるのが実物資産への回帰現象。エンロン倒産、大手会計監査法人解散の後で見られた信用リスクヘッジの金買いがその例である。今回も ヘッジファンドの売り手仕舞いが一巡したところで、同様の買いが頭をもたげる兆しがすでに見える。

(脚注)
Life settlement-backed security(death bond=死の債券)
金融機関が契約者から生前に生命保険を買い取り、契約者に代わってその死まで保険料を払い続けるが、死亡時に保険金も受け取る仕組み。胴元としては契約者が早死にしてくれれば儲かり、配当も増やせる。そこで、住宅ローン債権と同様に、生命保険契約を束ねてヘッジファンド、年金基金などに切り売りするシステムである。

2007年