豊島逸夫の手帖

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初心者向け"金が今なぜ上がっているか"アップデート版

2006年4月12日

昨年12月2日付け本欄で初心者用にまとめた原稿を、アップデートして金価格600ドル乗せの背景と展望をまとめます。

1. 原油高騰、インフレ懸念:インフレといっても一般個人の感覚では未だピンときませんが、原油価格が高止まり、そして再び上昇し始めると、マーケットは3年先を先取りしてインフレに強い商品、特に金などを買い始めます。大局的に、デフレ脱却の次に心配するのはインフレという"景気循環"の考え方が背景にあります。
2. 有事の金:ブッシュ政権がイラン空爆検討中などと報じられ、イラン大統領はイスラエルを地図から抹消するなどと挑発的言動を繰り返し、イラン情勢は一触即発の状況です。それにイラクやアルカイダのテロなどが懸念されるような事態になると、最後に頼りになるのは金だという考えが強まります。1980年の史上最高値850ドルも、イラン革命、テヘランの米大使館人質占拠事件などイラン情勢緊迫化のなかでオイルショックによるインフレが進行した結果、起こりました。
3. 中国、インドの台頭:人口10億以上を抱える両国の巨大な購買力を背景に、今回は、銀、銅、亜鉛などメタル全般も買われ、新高値を更新中です。特に、両国とも文化的に金大好きのお国柄なので、7-9%の経済成長とともに金需要が急増しています。中国は外貨準備も日本を抜き世界一に膨れ上がり、その一部を金で運用する可能性も取り沙汰されています。
4. オイルマネー:原油高騰は中東、ロシアなど産油国に"特別ボーナス"をもたらしました。ところが、イラン問題の煽りで欧米銀行に預けているお金が封鎖凍結される恐れが生じ、中東マネーが本国回帰を始めたところに、中東株式市場のバブルがはじけ暴落したのです。行き場を失ったオイルマネーの一部は金に向かっています。
5. 年金の金参入:欧米の年金が相次いで金を買い始めています。テロなどの地政学的リスクやインフレから年金資産を守るためです。特にNY市場では年金運用に適した金ETFという新型商品が開発され、残高が440トンに達しています。これは中国の2年分の金需要に匹敵する量です。
6. ドル、ユーロへの不安:米経済は一見羽振りが良いのですが、実は台所は赤字で火の車です。政府、個人の抱える借金、そして外国からの借金が双子の赤字と呼ばれ、その返済をどうするのか心配されています。そこで、ドルの将来に不安を感じたマネーはユーロへシフトして、ユーロは対円で最高値をつけています。でも、ユーロにもフランスの若者失業、ストライキ問題に見られるように構造的問題が残っています。そこで、マネーの矛先が日本株、そして、金にも向かって分散中なのです。この動きは、過剰流動性=世界的カネ余り現象とも言われています。
7. 信用不安:米国で今回の金価格上昇のきっかけになった事件がエンロンという大企業の倒産=米国版ライブドア事件でした。粉飾決算を重ねた同社発行の株、社債などが紙くずとなり、監査法人は解散され、反動で、紙ではないモノ=実物資産の重要性が再認識されたのです。なお、米国では今、住宅市場のバブル破綻も懸念されています。
8. 金生産量の頭打ち:金価格が高騰しているのに、金生産量は殆ど増えていません。埋蔵量はあるのですが、掘るにも、海底とかジャングルの奥とか凍土の下とか、過酷な自然環境の中にしか最早残っていないのです。金価格が600ドルに上昇した程度では採算に乗りません。

以上をまとめると、金価格600ドルという25年ぶりの高値は、複数の、それも根の深い長期構造的問題に根差しています。例えば、イラク戦争が終結すれば金上昇も終わるというような一過性の現象ではありません。ここまで上がっても、市場内になお先高感が強いのはそのためです。

とはいえ、日米の金利がじりじり上昇すれば、金利を生まない金は売られる可能性もあります。これだけ短期間に価格が急騰すれば、中国、インドの女性たちもとりあえずは金宝飾品を買い控えます(女性の身を飾るという欲求がなくならない限り、ほどなく高値にも慣れて買いを再開しますが...)。投資家の利益確定の売りも出ます。従って、このまま一本調子に上げ続け、史上最高値を更新するとは思えません。特に先物市場の影響で短期的乱高下を繰り返しつつ、その過程で徐々に価格水準は切り上がって行く展開となるでしょう。価格上昇要因と下落要因を天秤にかければ、圧倒的に買いの要因が上回ります。プロでも怖くて空売りなどできない。買いのほうがはるかに安心。という状況です。長期的上昇トレンドに変りはありません。

2006年