豊島逸夫の手帖

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有事の金の誤解

2006年2月6日

570ドルを越えたのちに伸び悩み、本稿執筆時点(2月6日朝9時)ではスポット567ドル。理由は、先週金曜に発表された米国雇用統計で失業率が4年6ヶ月ぶりの低水準(4.7%)を記録し、にわかにインフレ懸念が再浮上したこと。それなら、金にとって上げ材料じゃないのと言われるかもしれないが、市場は、これでインフレ抑制のためにドル利上げ継続、と読むのだ。したがって、外為市場では119円に迫るドル高、円安。市場のテーマが再度、日米金利差要因にシフトしているが、今週は米国貿易収支の発表などもあり、いつまた、双子の赤字の構造要因にテーマがシフトするやもしれぬ。

週末には、イラン問題がいよいよ国連安保理付託が決定という地政学的要因も出たが、これも市場は無視の姿勢。

地政学的要因、俗に言う有事の金という材料は、注意が必要だ。陳腐化しやすい。飽きられやすい。当該脅威が現実化すると、織り込み済みとかアク抜けとか言われて逆に売り手仕舞いの後講釈に使われる。イラク開戦がその良い例だった。開戦前夜の3ヶ月ほどはプロの買いが集中したが、いざ戦争となるや、一転プロは売り。有事の金と囃され、それに乗った個人投資家は高値を掴み取り残された。噂で買ってニュースで売れの典型であった。

9.11米国同時多発テロの直後は、突発的でき事ゆえ、虚を突かれた市場では、特に空売りの買戻しが集中した。金価格は270ドル(いまや夢のようだね)から300ドル近くまで急騰(最近は一日で20ドル急騰しても驚かないというのに)後、持続せず、反落した(それにしても近年は下がらない)。ただし、このケースは長期下げトレンドに終止符を打ち、流れを変えたという歴史的意味合いは持ったが。

経済有事の例では、アジア経済危機に巻き込まれた韓国が、国民からの金供出により200トン以上の金をかき集め、海外市場で売却して貴重な外貨を捻出し凌いだという有名な話がある。これも、有事にあたり、金を売って役立てたということだ。

このように見てくると、有事の金買いが市場に与えるインパクトは病状に喩えれば急性。対して、インフレとか双子の赤字は慢性と言えようか。さらに言えば、いざ有事となれば金は売られる場合もある。"平時"に有事の備えとして、"有事の金"を買い貯めておくのが本来の姿のようだ。

今回もイラク要因が長期化し陳腐化したときに、イランとパレスチナ(ハマス)という、(不謹慎な物言いだが)お誂えむきの新たな地政学的材料が出てきて、上に行きたがっていた市場は飛びついた。しかし、この材料だけならば上げも短命で終わろう。本当に長期トレンドを造るのは"慢性"の要因である。

なお、金ETFが429.75トンに達した。年金の金買いは慢性化しつつある。

2006年