豊島逸夫の手帖

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南アに増産の兆し

2006年7月21日

ここまで金価格が上がると誰しもが思うのは生産者が増産に走り80年代に経験したように金市場が供給過剰に陥るのではないかという疑問。今回は、これまでのところ価格が倍以上に上がっても世界的新産金量は殆ど増えていない。

しかし、世界の4割の埋蔵量を抱える南アでは、やはり増産に向けての動きが見られる。これからの開発案件は地下4-5キロの鉱脈なのだが技術的問題はない。阻害要因はひとえに経済的、つまり採算である。地下4キロの温度は62度。それを28度にまで下げる冷房、換気設備。そして金鉱石を地表に運ぶエレベーター設備。ようやくの思いで採掘した金鉱石の1トンから抽出される純金分は3-5グラムあれば良い方だ。

そのような投資案件に数千億円の規模の資金を投入して、結果が出るのに5年はかかる。そのような状況で、株式会社として戦略的決断するには、価格が現水準よりかなり高い水準に上がり、しかも そこから長期的に下がらないという見通しが必要だ。従って、増産意欲は充分にあるのだが、とりあえずは、現在操業中の鉱脈の規模を拡張する程度に留まっているのが実態である。

さて、足元の金価格は、バーナンキさんの2日目の証言や、FOMC議事録などにより、利上げについて"不透明感"が強まったそうで、とりあえず売られ再び630ドル台へ。この不透明感という言葉。プロが分からないときに「分からない」とは素直に言えないからお茶を濁すときの常用句である。方向性に欠けるという言い方も同様。バーナンキさんだって神様じゃないんだから、かと言って分からないなどと言ったらマーケットの不安心理をあおるだけだし。そのへんの彼の気持ちを汲んでそっとしておいてあげましょう、皆さん。

目先の相場はレバノンをほぼ織り込み夏休みモード。薄商いのなか値だけ飛ばすという可能性が強いが、まぁ、休むも相場。

さて、地政学的要因は気になるニュースが二つあり。

まず、米国ヒルズ次官補によるテポドン発射にイラン同席を示唆した発言。本欄6月20日付け"テポドンが発射されたら"にこう書いた。
北朝鮮とイランの間に妙な連帯感でも生まれると(その気配は既に感じられるが)緊張関係が一層複雑化する。
あのときは、筆者のNYの友人のユダヤ系ディーラーが電話口でそんなことをふと呟いたことが気になって書いたのだが、ほんとにユダヤ人って鋭い感覚持っているものだ。
そのイラン大統領は6月15日の上海協力機構(SCO)サミットにも準加盟国として参加している。同機構は、中露主導の下、中央アジア4カ国が参加して、米国一極主義をけん制する存在だ。
地政学的要因の"拡散現象"を実感する。

そして、台湾では中国軍の上陸想定した大規模軍事演習。気になるのは陳水扁総統の言葉。"米国、日本などの同盟国は最近台湾が米国からの対潜哨戒機など3種類の武器を購入する軍事予算の成立の遅れに強い関心を寄せている。"筆者はかねてから、アジアのバランス オブパワーが 米国、日本、台湾 対 中国、韓国、北朝鮮の構図に固まっていると書いてきたが、台湾はすっかりその気のようだ。

筆者も、金のプロという立場を離れて、団塊の世代の一個人投資家という立場に立つ時、日本の地政学的リスクを本当に懸念している。

2006年