2006年2月2日
昨日2月1日は米国大統領一般教書演説(state of the union)の日。ブッシュが二言三言喋るたびに、聴衆の議員達が(小泉チルドレンみたいに)立ち上がって拍手するので演説の進行が遅く、いらちの筆者には難儀であったが、金市場にとっても示唆的内容なので最後まで付き合った。
まずは、イラクで徹底的に戦うぞ、イランの核保有は絶対許さんぞ、で大拍手。電話盗聴問題にもビンラディンの居所をなんとしても探さねば米国の平和は無い、と一蹴。経済上のライバルは中国だ、インドだ(日本はもはや視界の外)。米国民の石油中毒を解消するとか、メキシコからの違法移民問題とか、Medicare(健康保険)とか、身近な話題(kitchen table issues)で訴える。しかし、メディアの講評は、"これまでの実績自慢ばかり"と手厳しい。筆者が一番気になったのは双子の赤字に対する真剣な取り組みの姿勢が感じられなかったこと。とりあえず痛みを感じない問題の政策的優先順位は低い。
そこで、金市場におけるstate of the union を考えてみた。一年後に市場を動かすトピックは何であろうか。
まずは、ブッシュに倣い、実績自慢から始める。
いま、市場のメインテーマのひとつであるとなったイラン問題を、本欄では既に一昨年後半から取り上げ、2004年11月19日付原稿では"500ドルに向かって第二段ロケットに火がつくためには、さらに新鮮でインパクトのある材料が必要と思われる。例えば、イラクではなくイラン情勢が筆者は最近気になる。"と書いた。
中国の公的金買いの噂についても、2004年11月29日の時点で"中国、ドル資産減らし、金準備増強の可能性"として論じた。
金市場からはやや外れるが、2005年3月18日の"金の世界のライブドア"では、"かといって、カネが全てで、そのためには何をやってもいいという訳ではない。コンプライアンス(規律遵守)やガバナンス(企業統治)などは平均的日本企業の何倍も強化されている。従業員の行動はがんじがらめで縛られており、中で働くと実に窮屈である。これは、エンロンやワールドコムからの反省による動きと言える。"として、日本のM&Aは鎖国状態だよと述べた。
どの材料も顕在化するには1-2年の時間がかかった。2年前市場がイラクで沸いているときに、イランが不気味と言っても、聴衆の目は泳いでいたものだ。 では、この"先見性"(えへん...)に基づく、次の新たな材料は何だろうか。
筆者には、マネタリー インフレが気になる。既に、週刊エコノミスト2005年12月6日号に"マネタリー インフレ-資金は金市場へ"と題して寄稿した内容である。
要は、米国双子の赤字、日本の財政赤字積み上げが、結局はインフレで精算されるのではないかという問題である(欧米の経済紙は、inflate its way outと表現する)。目新しいトピックではない。だが、どうみても、真面目にコツコツ働いて返済できるような赤字の額ではないのは明白だ。
この国家の背負う赤字というのは、糖尿病の症状に似てやっかいだ。自覚症状で痛みはない。一見、普通の生活が継続する。市場の材料としても顕在化するまで時間がかかるので、陳腐化しがちだ。しかし、永遠に借金を続けるわけにはいかないから、どこかで"臨界点"が来る。そのタイミングが、そろそろ視野に入ってきて、原油(=コスト プッシュ インフレ)に代わるインフレ要因として金市場にも具体的に影響を与え始めるのではないか、と考えるのだ。
それにしても、ここ数年に書いた原稿トピックを見直して、一番目についた見出しは2003年5月に遡る。"ソロス 金買いへ"。本欄をスタートする以前のものなので、肝心の冒頭部分を紹介しておこう。"あの伝説上のヘッジファンドの親分ジョージ・ソロス氏が、CNBCのインタビューに答え、ドルを売り、ユーロ、カナダドル、豪ドル、NZドル及び金を買っていると述べた。"ソロスは、すでにその時点で"次の一手"を打っていたのだ。もう終わった人とか云われるけど、さすがだね。1月30日付け本欄で紹介したばかりだが、ソロスが米経済をタイタニックに喩えたご託宣が益々気になる。ブッシュのstate of the union演説より説得力はあるのだ。