豊島逸夫の手帖

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金2000年、ドル200年、そしてユーロ10年

2009年1月8日

今日は今年で10年目を迎えたユーロの"理想と現実"について考えてみよう。

"理想"はこうだった。域内のヒト、カネ、モノの移動が自由になれば、ムダの多い(労働生産性の低い)国の製品は売れなくなり自然淘汰されるから、企業は生産性向上のために必至の競争を強いられる。それは、リストラなどで一時的な痛み=失業を伴うが、やがては競争力の高い会社により雇用される。例えば、スペインで失業が増えても、ドイツに行けば、仕事にありつける。そうなれば、スペインも真剣に国際競争力強化のために努力をすることになる。かくして、EU圏全体の経済が効率化され、域内の雇用も所得もめでたく向上する...、はずであった。

ところが、蓋を開けてみれば、週35時間労働などの悠長な企業経営を認め、その結果、自国製品が売れなくなり、貿易収支が赤字になった国に対するペナルティーが無いという"モラル ハザード"がまかり通る結果になってしまった。例えば、スペインは世界第二位の経常収支赤字国になっている。ユーロという共通通貨に加入していなければ、スペインの通貨は外為市場で売り叩かれ、輸入インフレなどが生じていたかもしれない。しかし、ユーロという大樹に寄っている限りは、その心配がないのだ。ゆえに、国内経済の構造改革の切迫感が希薄になる。

ユーロに加入するときは、財政赤字はGDP3%以内というようなマストリヒト条約に定められた厳格な加盟基準をパスしなければならないが、いったん中に入ってしまえば、入ったもの勝ちなのだ。なにやら、入学試験はきついが、いったん入学すれば、あとは楽勝という日本の大学に似ているね。

それでも、世界経済が安定成長を続けている分には、そうした潜在的問題も顕在化しなかった。しかし、金融危機、世界同時景気後退の津波がEU圏をも容赦なくヒットするに及び、にわかに域内経済格差の問題が表面化してきたのだ。

たとえば、イタリアは相変わらずの"お荷物"の国なのだが、国内の経済構造改革は遅遅として進まず、財政赤字は膨らむばかり。いっそのことユーロを脱退して、イタリアリラという旧自国通貨に戻れば、リラを切り下げてイタリア製品が売れるようにすることが出来る=自国の金融政策の自由度を回復できる、というような議論までまかり通る。

当然、ドイツなどは面白くない。結局、寄らば大樹の"大樹"とはユーロではなく実質的にはドイツということではないか、という論調がドイツ国内には出始める。

結局、ユーロというお神輿を担ぐ国と担ぐふりをする国の差が、景気が悪くなればなるほど露呈してしまうのだよね。お神輿が通る道が大嵐でぬかるめばぬかるむほど、本当に担いでいる国の負担は重くなるばかりなのだ。

ここに興味深いデータがある。

金融危機前にはイタリア国債もドイツ国債も利回りがさほど変わらなかった。(10年もので差が僅か0.16%)。どうみても、これっておかしいよね。赤字垂れ流しのイタリアが発行する国債も、堅固な経済基盤を持つドイツが発行する国債も利回りが一緒というのは。つまるところ、金融危機前は、それほどに危機感も薄かったし、なんとかなると希望的観測が支配していたわけだ。

しかし、マーケットがカントリーリスクやデフォルト(発行国の債務不履行)の可能性に敏感になり、各国国債に対しても選別を強めるに至り、いまや利回りの差は1.4%にまで拡大している。放漫経営の国は、資金調達コストも跳ね上がるというペナルティーを受けるようになったのだ。

さて、ここからユーロの真の試練が待ち受ける。10年目にして初の試練とも言える。米ドルは過去何回も経済危機やバブルを乗り越えてきた実績がある。対してユーロは今回が初体験である。しかも、ユーロという国家は存在せず、あくまでEU圏という複数国家の寄り合い所帯だ。ここに、筆者が、本欄の見通しで述べてきたように、ドル安ユーロ高一辺倒にはなりきれぬ事情があるわけだ。2009年はドル安、ドル高という明確なトレンドは出にくい年になるよ、両サイドに大きく振れる年となりそう、と書いた根拠である。 

今日のタイトルの如く、金2000年、ドル200年、そしてユーロの歴史はわずか10年。これまでは大型新人デビューと持て囃されてきたけれど、ユーロのハネムーンは終わった。これから精進して真の実力派歌手に成長し、紅白のトリを取れるか?あるいは、地方キャバレー回りの歌手となるか。全てはお神輿を担ぐふりをしている国々(国の頭文字を取ってPIGSと云われる)の反省、そして切磋琢磨次第。さらには、お神輿を本当に担いでいる国々の寛容度次第である。

なお、今日(8日)夕方5時と8時過ぎからの日経CNBCデリバティブ番組に生出演で、今年のマーケット展望を語ります。

2009年