豊島逸夫の手帖

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劇場のシンドローム

2009年9月25日

今の金市場を劇場に例えれば人気で満席の盛況である。しかし、場内の非常用出口は数か所しかない。もし、誰かが「火事だぁ!」と叫ぶと、観衆が一斉に出口に殺到する恐れがある。

この現象はシアター シンドロームと呼ばれ、株でもドルでも商品でも、マーケットが過熱化したときに起こりやすい。とくに、先物取引所には値幅制限という制度があり、一定の値幅以上に急落すると、その瞬間から当日の立会(売買取引)が自動停止となる。いわゆるストップ安という現象だ。こうなると非常用出口が閉められて観衆(投資家)は脱出できない。相場の急落を見せつけられながら「生殺し」状態になる。「入るは易し、出るは難し」とも言えよう。

今、NY先物金の買越残高は過去最高の730トン近くまで膨張している。問題は、この投機的買いポジションが、その自重で表層雪崩を起こしかねないことだ。昨晩のNY金急落、1000ドル割れは、その兆しとも見える。

ここで、もし、バーナンキが出口戦略を早め「利上げ」の「利」の字でも連想させるような発言をすれば、まさに「火事だぁ」の叫びと同じ効果を生むことになる。(まぁ、出口戦略の早期発動は無いと思うが)。ドカ雪の後は、ちょっとした物音で表層雪崩が誘発されやすいもの。金市場の地合いは著しく神経質である。

ただし、金シアターは最近人気化しているので、外で順番を待っている観衆も多い。ボヤ騒ぎが収まれば、またぞろ入れ替えで満席になりそうな雰囲気もある。最大の問題は、株シアターや債券シアターに比し、会場のキャパが1/10程度と小さいことかな。(世界の金の市場規模は500兆円前後。拙著「金を通して世界を読む」106ページ参照)。

さて、シルバーウイーク直前にはIMF金売却発表、直後にはFOMCがあった。IMF金売却問題の経緯については、拙著213-214ページに書いた通りである。今回発表の原文は、IMFの日本語サイトで見ることができる。

民間市場のザラバで売却する前に、まずは加盟国の中で直接購入する意思のある国があれば優先的にオファーするようなので、果たして中国やロシアなどが手を挙げるかが注目されるところ。統計的にも公的部門がネットで大量の金売却部門から金購入部門になりつつある今、象徴的な成り行きである。

それからFOMCはサプライズ無し。米国のゼロ金利は来年まで続きそう。ただし、株も金も「利上げへの転換」のニュアンスには敏感に反応するから、もし2週間後に発表されるFOMC議事録に少数意見でも出口戦略早期実施を唱える委員のコメントが出ると、マーケットは神経質になるかもしれない。次回のFOMCも要注意である。しかし、これだけマーケットからジイっと見つめられると、バーナンキさんも何も具体的なことは言えなくなるだろうねぇ...。

最後に話題は変わるが、筆者の注目はハトヤマさんの東アジア共通通貨構想。拙著60-61ページの最適通貨圏構想に関する記述の中で「アジアはユーロのような共通通貨か」と書いたことに相当する。まぁ、その実現性は難しいと思うが、グローバルカレンシー(世界通貨)としてのドルの地位が危うくなっている今だけに、地域的に独立した共通通貨を持つという発想は「鳥の目」で見ると、あながち非現実的と片付けられない問題だと思う。実際、欧州はユーロという通貨圏を実現させたわけだし。

同じハトヤマ発言で、なんとも大胆なのは2020年までに温暖化ガス25%削減だね。カッコいいけど、ホントにそんな約束しちゃっていいの?国民も、それが企業業績に、どれほどの負荷になるか分かって支持しているのだろうか。環境保護には総論大賛成でも、それがいざ自分が働く会社にかなりのコスト増となって降りかかり、ひいては給料カットとか派遣切りとかになっても、なお環境問題重視を貫けるのだろうか。25%という数字は、それほど重いのだよ。テレビのニュースの通行人インタビューに答えた若者の「25%?いいんじゃないっすか。でも、自分の懐に響くのでは困りますけどねぇ。」というコメントが印象的だったな。

今の新政権に感じる危うさは、「子供手当」とか「高速道路無料化」とか個別の案件ばかりが独り歩きして、いざその財源として八ツ場ダム建設中止となると、途端に国民の間で「それは住民が可哀そう」という話になってしまうこと。筆者の福島の友人は民主党支持であったが、歳出カットで自分が営む畜産関係の補助金もカットと聞いた瞬間に、「それは困る」と態度を一変させた。新政権のハネムーン期間でこそ支持率が75%に跳ね上がったが、相場と同じで急騰の後の急落が怖い。

2009年