豊島逸夫の手帖

  1. TOP
  2. 豊島逸夫の手帖
  3. バックナンバー
  4. 砂糖が上がると金が下がる
Page723

砂糖が上がると金が下がる

2009年7月30日

今日は色々書きたいことがある。

まず、昨日の続きだが、マーケットの電算化の実態。最近、証券取引所関連の話題で耳にする言葉が、high frequency traders(HRT =高頻度トレーダー)、flash orders(FO =トレーダーごとの売買値を一瞬チラッと開示すること)、dark pools(私設の場外売買プラットフォーム)。

HRTはコンピューター経由の波状攻撃で巨額の売買注文を瞬時に実行してゆく。今や米国の株式売買の73%がHRTによると言われる。個人投資家などはとてもついてゆけないスピードで大量の売買が実行されているわけだ。しかも市場参加者の頭数から見れば、HRTは全体の2%に過ぎない。その典型はシタデルなどのヘッジファンドや大手投資銀行の自己勘定部門である。

このHRTの参入をこれまで証券取引所は歓迎してきた。ただでさえサブプライム後のリスク意欲後退傾向の中で売買量が低迷している。ここはHRTでも何でも参入してもらって、売買量(流動性)を増やさなければならぬ。昨日述べたように投機家というのはマーケットに流動性を供給する(liquidity provider)という役割も果たしているわけで、取引所を池に譬えれば、干上がった池には魚は住めない。そこで取引所はHRTに対して一売買注文あたりリベートを払って"誘致"に努めるまでに至った。取引所間競争に駆られての措置であろう。では、そのリベートの財源はと言えば、一般の機関投資家、個人投資家、つまりHRTが供給する流動性を利用するユーザーサイドが支払うことになる。例えばHRTが1bp(ベーシスポイント)=0.01%貰うとすれば、機関投資家は2bp=0.02%払うという感じである。

そもそも電子取引は顧客(=投資家)の売買コストを削減するというメリットにより導入されたわけだが、今や顧客がそのスピードについてゆけず、取引所経由の売買から締め出される結果になってきた。

さらに冒頭に述べたFOも問題である。これはトレーダーの売値と買値を取引所の公開の場に出す前に、別のルートで瞬間的にチラッと開示する方式で、そのチラッを見られるプロと見られない投資家の間に不公平が生じる。取引所としては大量の売買をしてくれるHRTに対しての特別サービスということなのだろう。

ところが実態は、FOで瞬間的に開示された売値買値の99%は、これまた瞬時にキャンセルされるという。言ってみればFOの売買値は見せ金みたいなもので、実際に顧客が「買い注文」で食いついてきたときには、「ああ、あの売買値は1/100秒前の値で、今は上がってます」とか言って、結局高値を掴ませられる結果にもなりかねないのだ。

このような取引所の問題点が露わになってくると、自然発生的に場外で私設売買プラットフォームがサテライト(衛星)の如く出てくる。これがdark pool(灰色の売買システムとでも言おうか)と呼ばれる現象である。このダークプールの取引状況については報告義務がある所とない所がある。

というわけで、高速度大量株式売買システム導入の結果、そこは個人には近寄りがたくなっているのが現状である。そんな「ハイテク賭場」に素人衆がうっかり入っても、むしられるだけだと思うのだ。考えてみれば、パチンコだって電算化で瞬時に大量のパチンコ玉をパチンコ台に投入する「高速大量」モードになっている。そこでは結局、素人衆がコンスタントに勝つことは不可能に近い。

次の話題は、砂糖の値段が上がると、金価格は下がるという話。砂糖の大生産国インドが今年は干ばつになっている。モンスーンの雨量が少ないのだ。そもそもインドは砂糖の大需要国でもあり、その年によって輸出国になったり輸入国になったりして、マーケットでは波乱要因になりがちだ。

今年は天候不順で生産が減少する一方で、需要は不況にも係わらず大して減らない。現代では砂糖が安価な甘味物なのだ。甘党の筆者としては、砂糖の需要の所得弾力性が低い(所得が減っても甘ものは止められない)ことは身に沁みて感じる。

その結果、今年年末には砂糖価格が28年ぶりの高値という観測まで語られている。

ところが、この干ばつはインド農家の収入減を通じて金需要にはマイナスの影響を与える。もともと欧米の金アナリストは、インドのモンスーンなどの天候状況を常にチェックしているほどだ。農家のお父さんが花嫁にもたせる持参金ならぬ持参ゴールドの購入が、インド金需要の主たる部分を構成するからだ。

異常気象で生産が減り値上がりする砂糖と、需要が減り値下がりする金。実に対照的である。

次の話題はドイツ銀行。FT(フィナンシャルタイムズ)一面に、ドイツ銀行がまだ大量の不良債権を抱えていて、株価が一昨日は11%も急落したという記事。第二四半期の貸し倒れ引当金を、前期比倍増したという発表である。

ドイツ銀よ、お前もか、という感じだが、これはすでに本欄でも書いてきた「欧州系銀行はまだ高リスク証券化商品をバランスシートに抱えたままで、これからECBの資産査定を受ける」という実態の一部である。この銀行不安を一番身近に感じているのがほかならぬドイツやスイスの庶民で、だからこそ銀行預金をおろして、金貨を買うというマネーシフトが加速し、今年1-3月期の欧州金需要は前年同期比で615%も激増しているのだ。

最後の話題は、バーナンキFRB議長が、資産公開で、昨年大損したことがばれた。2億円は下らなかった金融資産(株、年金など)が29%も減少したという。金を買っておけばよかったのにねぇ...。でも、ドルの通貨の番人が自らドルに不信任投票を投じるのでは洒落にならんしね。まぁ、金融の神様でも個人の資産運用では大損するということが、株で大損した個人投資家にとっては多少の慰めにはなるかな...。ならないよねぇ...。

なお、足元の金価格は930ドル割れまで下落。戻り売りと書いてきた筆者の想定内。930ドル以上の買いはショートカバー(先物売りの買い戻し)主体で、新規買いは少ないということが検証されたと思う。

2009年