豊島逸夫の手帖

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1億円の社長室改造費

2009年1月27日

バンクオブアメリカがメリル買収を発表したのは昨年9月のリーマン破たん直後。あのままではメリルもリーマンの二の舞いになっていた。当初の買収想定金額は500億ドル(45兆円)だったが、今年1月1日に正式買収された金額は194億ドル。それほどに蓋を開けてみれば、メリルの財務状況は毀損していたわけだ。

そして、正式合併後、わずか20日でバンカメCEOケン ルイスは、メリルCEOジョン セイン(ゴールドマンサックス出身で元NYSEのCEO)を更迭した。その直接のきっかけは、2008年第4四半期に153億ドルもの損失を計上したこと。同期のバンカメ本体も17億ドルという17年ぶりの損失を出し、配当も一株あたり1ペニーに陥落。米国当局の金融安定化資金から450億ドルの拠出を仰ぐことに。

そこで、ルイスCEOは"これほどまでメリルの資産が傷んでいるとは知らなかった"と激怒してセインの首を切ったという。さらに、メディアは、セインCEOが社長室改造に1億円相当を掛けていたこと、昨年12月の巨額損失発表前にメリル幹部社員に40億ドルのボーナスを支給していたことなどをすっぱ抜く。NY検察のクオモも"重大な関心"を示しているようだ。社長室は著名インテリアデザイナーに依頼して、300万円の置き机とか10万円のゴミ箱などが購入されたと言う。

そんな渦中のセイン(前)CEOを、米国CNBCクロージングベルの名物キャスター、マリア バリチロモ女史が独占インタビューした。この二人のインタビューは、セインがNYSEのCEOであったころ、何回か見た記憶があるが、当時の和やかさとは打って変わって両者の顔が引きつっていた。

以下、セイン発言。

"今回の更迭には、私自身、驚いた。合併後わずか20日間で、1月の業績も悪くはなく、それにも関らず、私のレベルでの更迭があったことに特に驚きを感じている。"

"私がメリルのCEOに就任してからのこの1年は、保有資産価値が下落し続け、その資産を処分しつつ資本増強を受けるという日々であった。資産価値毀損も不動産関連から債券関連に拡大し、とくに昨年12月に至り、マーケットが実質上機能しなくなった(complete breakdownした)。現金資産とCDSなどのデリバティブ資産のかい離(スプレッド)が拡大し、資産売却が、資産価値をさらに押し下げるという悪循環に陥った。その結果、売るに売れない資産を大量に抱えることになったのだ。"

"第4四半期の巨額損失の主因となった資産のほとんどは、前任者から引き継いだもの(legacy asset)で、私がリクルートしたゴールドマン出身のトレーディング チームが新たにリスクを取って新規に買ったものではない。このlegacy assetの実態を、9月のバンカメとの買収交渉の時点で私は知らなかった。"

"買収合意後は、バンカメの経理担当者たちが日々当社に出入りし、財務書類を全て閲覧できる状況にあった。"

(バンカメCEOルイスはメリルの巨額損失を知っていたのか、という質問に対して)
"私が言えるのは、バンカメの経理責任者は全ての会計情報を把握していたということだけだ。"

(これでメリルのバランスシートはきれいになったのか、という質問に対して)
"これから先のマーケットがどうなるか予測は出来ない。legacy assetはまだ残っている。12月のようなマーケットのbreakdownがもう起こらないとは言えない。"

(150億ドルの損失を出している最中に、40億ドルものボーナス支給をどうして正当化できたのか、という質問に対して)
"それはもっともな質問(fair question)だが、会社にはfranchise(フランチャイズ=得意分野とでも訳そうか...)というものがある。巨額損失を出したのは不動産、債券部門だが、その他の株式、投資銀行部門は健闘しており、そこで働く連中にしかるべき報酬を与えなければ、会社のfranchiseが弱体化してしまうのだ。"
"ウオール街の給与体系は基本給がrelatively small(比較的少なく!?)、ボーナス支給が主体となっている。私のボーナスについては、バンカメCEOがノーボーナスならば、私も同様。たとえ少しでもバンカメサイドで支給されれば、私はそれ以下の金額という取り決めであった。結果的に、バンカメもメリルも両CEOともノーボーナスであったが。"

(バンカメとの合併を悔いているか、との質問には)
"メリルの株主、そして社員のために良い決断であったと確信している。リーマン破たんのあの週末に、ルイスCEOと最初の合併話をしたわけだが、それはポールセン財務長官、ガイトナーNY連銀頭取の圧力によるものではなかった。私はバンカメがリーマン買収に乗り出す可能性もあると思っていた。"

(社長室改造の話については)
"一年前のことではあるが、本当だ。今になってみればmistake=誤ちであった。アイアムソーリー。1億円相当は私費で会社に充当する。なぜそれほど改造したのかと聞かれれば、メリル仕様と異なったからと言うしかない。1年前の時点では、何年もの長期にわたり、新社長室で働くことになると思っていた。"

(金融危機の最悪期は過ぎたか、との質問には)
"昨年以来、多くのひとが野球に例え、これで8回、9回と言ってきたが、皆外れた。まだ下振れリスクは残っている。"

ということでインタビューは終わった。結局、セインはメリルCEOとしては、株主、従業員のためベストを尽くしたが、バンカメサイドから見れば、(メリルという)高い買い物を売りつけた張本人という扱いになるのだろう。

それにしても、巷間言われてきたことでも、当事者が語ると切迫感が感じられるものである。

さて、足元の金価格は900ドル大台復帰。
昨晩は、シティーが2009年金価格見通しを950ドル(平均)から825ドルに引き下げ発表。UBSジョンリードは目先強気、今後3か月では反落予測。GFMS社の強気と対照的。色々プロの見方も割れておりまする。

まぁ、金融危機などの経済有事で買われるときは、一過性で終わることが多いと、筆者は本欄や新著でも指摘し続けてきているが。(「金を通して世界を読む」224ページ、「有事の金の本当の意味」参照)。
なお、書評が今週号の東洋経済に出ました。

2009年