豊島逸夫の手帖

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プーチンの焦り

2009年1月9日

ロシアはウクライナ経由欧州向け天然ガス供給を完全停止した。といっても、欧州に恨みがあるわけではなく(親ロシアのドイツ以外の欧州には恨みがあるかもしれないけど)、ウクライナが天然ガス輸入のツケ20億ドルを支払わないことへの対抗措置であり、欧州にとってはトバッチリである。(詳しくは本日日経社説参照)

筆者は、このロシアの強硬な態度に、プーチンの焦りを感じる。たしかに、プーチン"首相"の院政体制は予想通り確立され、憲法改正で大統領任期が4年から6年に延長された。これで2012年にはプーチンがふたたび大統領選挙で返り咲き、二期12年間、ロシア大統領として君臨するシナリオが着々と固めたれているかのようだ。

しかし、原油価格急落による国内経済の急速な悪化で国民の不安が噴出し始めた。ウラジオストックで起きたデモ隊との衝突に際しては、モスクワから特別警察隊が空路派遣され鎮圧に向かった。事の発端は政府の輸入車に対する関税引き上げ。この措置は、日本からの中古車修理販売が重要な産業である同地域に甚大な影響を与えた。しかも、日本製のパトカーを乗り回している現地の警察は非協力的。元々モスクワから遙か離れた同地域には隔離感が強く、一気に"プーチン辞めろ!"のデモに発展したわけだ。さらに、この動きは全国の地方都市に波及しかねない情勢。給料支払い遅延、解雇などが相次ぐ状況で、さすがのプーチン人気にも影がさし始めた。

そのような不穏な情勢の中でプーチンが一番気にしていることはルーブルの価値である。1998年のロシア経済危機の時にはルーブルが70%も下落し、ロシア国民の貯蓄が一夜にして大幅に目減りし、預金者のパニック現象を引き起こした苦い経験があるからだ。

そのルーブルの価値が 今回もほっておけば下がる一方である。7%の経済成長を誇ったロシア経済も原油価格急落により急停止状態。11月の失業者は40万人急増。グルジア紛争以来、外資引き揚げも加速。外為市場でルーブルを買い支えるために9月から11月までロシア中銀が投入した金額は875億ドルに達し、5000億ドル以上もあった外貨準備も4510億ドルまで急減した。(それでも依然世界第3位だけどね)。しかし、原油50ドルの前提で計算すると政府見通しでは2009年末には3000億ドルへさらに減少。原油40ドルとすれば2000億ドルに急減するという。

その上に、ロシア企業の外貨建て債務をファイナンスするために500億ドルを積んだが、2010年までには加えて1700億ドルの債務の期限が迫っているという。それでも、プーチンはなんとか買い支えで乗り切ろうとしている。クローリングペッグと言われる方式なのだが、ドルとユーロの通貨バスケットに対してルーブルを"段階的に"切り下げるというやり方である。その結果、ドルに対して15%、ユーロに対して12%、ルーブルは切り下がった。しかし、クローリングペッグの最大の弱点は、段階的な切り下げを見越し投機筋がルーブルの先売りをかけることだ。国民の間にもルーブル預金を引き出し、ドルに換える動きが見られ、民間銀行でさえルーブル保有の一部を見切る有様である。

さすがのプーチンも余裕がなくなってきたらしい。恒例のテレビ演説で必ずジョークをいくつか咬ませるのだが、今回はついに一言も無かったという。

ウクライナへのガス供給停止問題で強硬措置を崩さない(というか崩せない)背景には、天然資源に依存するロシア経済の、このような切羽詰まった事情があるのだ。

さて、新著の増刷1万部が昨日印刷所から上がってきました。週末から取次経由で書店に配本されるでしょう。本書の開店休業状態も解消されるはず。なお、すでに増刷分は書店からの予約で埋まった模様。このぶんだと3刷までゆくかな...。結構まとまった金額の慈善奉仕ができるかも。

2009年