豊島逸夫の手帖

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プラチナはどうなる?

2009年1月28日

今でこそワールドゴールドカウンシルという名前の国際機関に勤務しているが、筆者のスイス銀行トレーダー時代の得意分野はプラチナであった。銀行を辞めるとき、スイス人の副頭取が、おもむろに私に銀行からのプレゼントだといって差し出してくれたのが、ノーブルという1オンスのプラチナコインであった。そして、ぽつりと述べた言葉が、"おまえが、ライバル銀行に行かなくてよかった"。トレーダーにとっては最上級の評価の言葉であり、思わずジーンときたことを今でも覚えている。そのプラチナコインは、仮に筆者が今後どんなことがあっても売って現金化しようなどとは絶対に思わない。それほどにセンチメンタルバリュー(思い入れ)のある一品ゆえ、日経本紙に"私の一品"というコラムがあったころ、そのコインを持って登場した記憶がある。そのプラチナコイン持って、最後の勤務の日、全員が退社した深夜のトレーディングルームを去るとき、思わず訳もなく泣けてきたものだ。こんな暖かい円満退社出来ることを実に有難くも思った。

とはいえ、プラチナのポジションを抱えているときは、金より遙かに神経をすり減らしたことも事実である。なんせボラ(価格変動性)がハンパではない。マーケットの流動性が(未だにそうだが)限定されるから、プロ同士の仕手戦になると正に椅子取りゲームみたいな様相になる。キーボードを叩く反射神経の速さを競うゲームでもあった。それほどに秒単位の瞬時の判断と行動力が必要とされる。そして、最後まで椅子を取れずに残ると、容赦なくボコボコにされる。

だから、プラチナは、間違っても"安全資産"などと考えてはいけない。ハイリスク ハイリターンの代表格と位置付けるべきである。長期保有すれば良いという考えもあるが、長期保有している間に価格が3倍になったり1/3になったりすることを、個人投資家がどこまで精神的に耐えうるだろうか。リスク耐性があり、余裕資金も十分にある人でなければ、そう簡単には薦められない。

とはいえ、(かくいう筆者も実はそうなのだが)、その価格変動のスリルに病みつきになる人も多い。まぁ、日曜の午後、詳細なデータが小文字でぎっしりと詰まった競馬情報紙を塾読して馬券買う人であれば、GFMSやジョンソンマセー発行の難解なプラチナレポートを読みこなしプラチナ相場を張ることも面白いと思うよ。でも、最初は、せいぜいゴルフ代稼ぎ程度の額から始めるべき。そして、ほどほどのところで手仕舞うべし。プラチナの場合、特に"たられば"を考えてはいけない。少しでも儲かればオンの字という"謙虚さ"が大事だ。

そして、プラチナ相場を相手にするときの極意は、あまり考えすぎないこと。金と異なりマネーの側面がないから、ピュアーなコモディティー(原油同様、純粋な"商品")なのだ。アナリストみたいに、こうも言えるが、ああも言えると考えだすとキリがなく、これしかないと、あえて頭の中を単純化したほうがよろしい。たとえて言えば、一次方程式と割り切ることだ。二次方程式に仕立ててしまうと、大局観を見失ってしまいがち。魚の目とか鳥の目より虫の目が大事なメタルである。

そこで足元のプラチナ相場を見るに、南ア減産予測とか中国春節特需期待などで一時1000ドル近辺まで戻したが、その後、反落。そして直近では再上昇しつつある。しかし、金と同様にプラチナも、筆者は現状ベアー(弱気)である。いずれ金に比しプラチナがディスカウントになる局面が再来すると思う。金融危機は金には買い材料だがプラチナには売り材料である。(プラチナ市場に安全性を求める質への逃避マネーは流入しない)。

プラチナの場合、なんといっても自動車産業に依存する需要構造ゆえ、今の自動車産業の惨状が根源的に改善されないかぎり、需要減というマイナス効果がボディーブローのようにジワジワ効く。南ア関連のサプライショックで一時的に上げる局面もあろうが、そこは売りのチャンスと見る。供給サイド要因は急性、需要サイド要因は慢性の症状となる場合が多い。これが勘どころである。あとはファンドが色々やって投機的に荒らしてくれるが、それを無視できる精神力(リスクに対する耐性)があるかどうか、だけ。

積立もよいが、こつこつ積み立てている過程で、1/3になるかもしれないし3倍になるかもしれない覚悟だけは必要。だからこそbuy and forget買ったら忘れられるだけのリスク耐性と資金力が必要なのだよ。ちなみに筆者個人は、 金は積立、プラチナは小額の先物と決めている。

2009年