豊島逸夫の手帖

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スイス中央銀行介入のサプライズ

2009年3月13日

夜中にもかかわらず、思わず"エッ!"と叫んでしまった。スイス中央銀行のスイスフラン売り介入発表である。事情は痛いほど分かる。チューリッヒの日経にあたるNZZ紙(Neue Zurcher Zeitung=チューリッヒ新報とでも訳せばいいのだろうか。とにかく活字ぎっしりの新聞)を読んでいても、最近、観光立国スイスの"国際競争力"が低下している様々なエピソードが書かれていた。確かに、日本人旅行者から見ればスイスフランが安くなれば、スイス旅行のインセンティブも高くなる。

しかし、昨日書いたような"自国通貨切り下げ合戦"みたいな近隣窮乏化政策は避けようね、ということが明日のG20で議論される前夜に、自国通貨切り下げの先鞭を切るとはねぇ...。タイミング的に想像もしていなかった。永世中立国家とし、我が道を行くスイスらしいと言ってしまえばそれまでだが。(なお、昨日の日経夕刊"ニュースのわけ"でも、アジア通貨切り下げ競争問題がやさしく解説されていた。)

ドル円も、そのサプライズで、一時95円まで円高が進行していたのが、一挙に97円台にまで戻した。当然、マーケットでは、スイス中央銀行が口火を切ったことで日銀も介入しやすくなったのでは、という連想も働く。潮流の変化とは怖いもので、いったん円安の方向に流れが変わると、さらなる円安を示唆するような材料が突発的に出るものなのだね。日本の会計年度が変わるから決算期の円需要などと国内要因にばかり目を向けていると、このように足元をさらわれるという教訓でもあるね。円とて国際通貨なのだ。

日銀マンだって、今の日本経済には円安療法がとりあえずは一番効くことは百も承知。だからといって、この時期に市場介入は国際経済的に見れば禁じ手だ。

次の話題は、中国。全人代を見ていると、今や、中国共産党が実質的な巨大金融機関となったことを実感する。巨額の個人預金を扱う中国商業銀行にも、2兆ドル近くにまで膨張した外貨準備を運用するSAFEと呼ばれる部門にも、政府系ファンドCICにも、おしなべて背後には党の政治的配慮が強く働く。

米国でもFRBのバランスシートが膨張し、民間の投資リスクを公的部門が引き受ける傾向が加速している。民間の信用収縮症状がさらに進行し、ヘッジファンドが急速に縮小する中で、これからのグローバルマネー動向を引っ張るのはFRB、中国共産党、アブダビ投資庁など公的部門となるは必至だ。中国共産党が実質的に世界最大のヘッジファンド化するような事態さえ、絵空事とは言い切れない状況であろう。

さて、NY株は続伸。大手金融機関の業績改善が買い材料視された。とはいえ 所詮ベアーマーケットラリー(弱気相場の中の反騰局面)の域を出ず。時価会計問題の議論を聞いていても、喩えて言えば、山火事が迫った地域の住宅の価値をいかに評価するか、という難しさを感じる。結局、パーフェクトな方法は無いのだよね。価値査定の過程のどこかに人間の主観が入る。恣意的な数字が入っている可能性の強い財務諸表に信頼性は無い。

米国の新聞にキツイ戯画があった。不況の中で、米国でも99セントショップ(日本で言えば100円ショップ)が人気らしいが、そのレジでの店員と客の会話。"えーと、シティー株は、どこの棚にありますか?"
それから本欄の一読者氏は"シティー株1000株買いました。金を1000円割れで買った時の心境を思い出しました。"
なるほど、これぞ国際金市場に名高いジャパニーズ バーゲンハンターの真骨頂だね。1999年、金価格が250ドル=900円台にまで急落し、マーケットには金価格200ドル予測が乱れ飛ぶなかで、日本だけが突出して買い向かった。あのとき、欧米のメディアに、ミステリアスな日本人の投資行動と書かれたことを思い出す。

最後に昨日書いた"ガイトナーIMF金売却を議会に要請"の背景について色々質問があったが、著書("金を通して世界を読む")213-214ページに、この問題について纏めているので再読していただきたい。これは昨年11月に書いたものだが、鮮度は"全く"落ちていない。"マーケットにとって、活字になった情報にサプライズはない"ということを考えると"織込み済み"とも考えられるが、なぜか"IMF金売却"というと一般紙も書くので、投資家の心理的影響は無視できないのだ。

2009年