豊島逸夫の手帖

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『政治主導』の『悪い円高』と『良い円高』

2009年10月1日

日本の財務相は、円高容認、為替不介入につき、早々と「修正発言」した。そこで海外の反応を調べてみたら、FT(フィナンシャルタイムズ紙)に下記の見出しで記事が載っていた。

Tokyo accused of inconsistent currency policy (日本の一貫性を欠く為替政策に非難)
loquacious 77-year-old veteran (77歳のお喋り好きなベテラン)
clumsily signaled (不器用に円高を示唆)
なお、その記事の下には、金融相も中小企業(SME)向け融資についての発言をトーンダウンと書かれている。

識者コメントとして紹介されているのは、
「財務相は出来るだけ言葉を少なく、しかし最大限の自信を持って発言し、市場がその真意を読めない状況にすべき。」
「例えば、為替水準は市場が決めるべきものだが、その結果が歪んだものになれば是正することも必要となろう、という発言であれば、一体、円高示唆なのか円安示唆なのか見当がつくまい。」
上記の発言例の原文は、We think markets should determine levels, however we may need to correct distortions .
こういう言い回しが出来ないから、clumsy=77歳のベテランのわりに不器用、さばけていないと評されるわけだ。

さて、読者が気になるのは、この円独歩高が続くのか否かということであろうが、筆者は続かないと見る。そもそも円高には良い円高と悪い円高がある。

良い円高とは、日本経済が本格的に復活して、そのファンダメンタルズの良さが絶対的に評価され、世界の投資家が長く持っても良い通貨とみなすことで円が買われる場合。

悪い円高とは、ドルもユーロも円も、それぞれに重い構造的問題を抱える状況下で、相対的評価により「米国やEUに比べれば日本のほうが多少はマシかな」程度の認識で円が買われる場合。この悪い円高は、三つの主要通貨が僅差の弱さ比べを外為市場で展開するわけで、抜きつ抜かれつのマラソンみたいに順位はコロコロ変わる。

この数年を振り返っても、不等式で表せば、
円>ユーロ>ドルという現在のような状況もあれば
ドル>円>ユーロとか、ユーロ>ドル>円とか、様々な局面もあった。それらは全てせいぜい数カ月の相場であった。今回の90円割れも、長くは続くまい。

さて、政権交代と言えば、金市場にとっても興味深い話題がある。話は2004年11月にさかのぼる。当時の日経ネットのコラムに筆者が以下のように書いたことがある。

財務省の「金購入検討」、実現性どこまで
 財務省が膨れ上がる外貨準備の一部を金で分散運用するのではないか、との観測が海外金市場でしきりに語られている。発端は1月28日の衆議院財務金融委員会における谷垣財務相の答弁だ。質問者は民主党の松原仁議員。日本は外貨準備の殆どを外貨で保有しているが、ユーロなどの場合は金で40.7%保有している。それに対し、日本の金保有割合は1.5%に過ぎず「リスク分散の観点からも金などへある程度移すべきではないか」との質問であった。
 谷垣財務相の答弁は「外貨準備における金の位置付けについては、国際通貨当局の間でもさまざまな議論があり、金市場へも影響あるので簡単には言えない」としながら、「その辺いろいろ慎重に検討させていただきたい」というもの。これが、複数の外電で日本のMOF(財務省)が金購入をconsider(検討)と訳されて世界に発信された。
 冷静に見れば、上記のような流れの中での発言なので、まだ実現性は薄いと見られる。しかし、海外金価格はこの報道で5ドルほど値上がりした。
 たしかに、日本の公的金保有量は現在765トン、対外準備の1.5%であり、他国の平均10.9%に比し著しく低い。他の主要国の保有率を見ると、米国8135トン(58%)、独3439トン(45%)、仏3024トン(55%)、伊2451トン(47%)保有している。日本が金保有を国際平均の10.9%にまで引き上げるとすれば、4616トンもの金を購入しなければならない。
 現実には金買いはドル売りを意味するので、大量ドル買い介入を継続中の当局としては受け入れがたい面も多い。しかし、「双子の赤字」という構造不安要因を抱えるドルだけ貯めこむのはいかにもリスクが大きいので、ユーロや金などへの分散についての議論は今後も続きそうだ。
 すでに日本と同様に金保有が1.9%と著しく少ない中国は過去2年間、毎年100トンずつ公的金準備を増やしつつある。欧米諸国は金保有の割合が高すぎるとして売却の傾向にあるが、アジア諸国はそれが低すぎて購入の傾向にあるわけだ。今世紀は金が世界的に西から東に流れるトレンドのようにも見える。
(豊島逸夫ワールド・ゴールド・カウンシル日韓地域代表)
引用終わり

奇しくも、当時の財務相が、今は、自民党総裁になった。さて、民主党政権は日本の金保有問題になんらかの変化をもたらすのか。欧米金市場筋は、「お喋り好きな77歳のベテラン」が、この問題についてもし外電などにコメントを求められたとき、どのように答えるか注目している。

2009年