豊島逸夫の手帖

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流動性危機

2009年8月3日

先週の本欄で投機家の存在について書いたとき、流動性をいう言葉を使った。初心者のために説明すれば、マーケットに流動性があるいうことは、平たく言えば、いつでも売買できるということだ。流動性不足となると、売りたいのに買ってくれる人がいないので売れない、あるいは買いたいのに売ってくれる人がないので買えない、という状況だ。そこで、投機家とかヘッジファンドは、市場の流動性を供給する者(liquidity provider)としての役割も果たしてきたと書いたわけだ。

他にも流動性の供給者としては、大手投資銀行の自己勘定取引部門も重要な役割を果たしてきた。それがサブプライム後の社内リスク管理強化で、リスクを取って売買することが制約、あるいは禁じられた結果、全てのマーケットで流動性が薄くなっている。流動性が不足すると、薄商いの中で、値だけは派手に飛ばすというような状況も頻繁に見られるようになる。

以上は業界側の事情だが、投資家サイドではサブプライムで流動性の有難みが身に沁みた人たちが多い。購入した投資商品が、後々売却できるなどということは当たり前と思っていたのが、いざ売る段になって販売先が破綻したとかいう事例が多発したからだ。

最近、仕事柄、機関投資家の世界にいるのだが、そこでヘッジファンドの解約を巡るトラブルを耳にする。要は、パフォーマンスの悪いファンドを解約したくても、解約条件が突然変更されたり、一部しか解約に応じてくれなかったり という類の問題である。

そもそもファンドというのは、そのファンドを購入した多数の投資家が一斉に抜け駆けはしない、という暗黙の了解のもとに成り立っている。大手の顧客の誰かが解約を請求すると、現金化のために運用資産を売却せねばならず、その禍が他の顧客に及ぶこととなりかねない。だから、ファンド側は必死に解約を食い止め、あるいは思い止まらせようと試みるわけだ。

ETFの世界では、人気のないETFだと流動性が不足して値が付かないケースもある。マーケット・メーカー(常に売値と買値を提示する金融機関)が少ないと、そのような状況がおこりがちだ。だから証券取引所の中には、ETF上場に際し、マーケット・メーカーに、常に売値と買値を提示するという契約締結を義務づける処もある。

流動性が存在しないと思っていた商品に、思いがけず流動性が供給される例もある。タンスの肥やしとして放置されていた金のネックレスが近くのショップで換金できた、というようなことが分かりやすいケースであろう。

金投資家のリサーチなどでも、購入理由として「いつでも換金できる」ということが常に上位にランキングされる。とくにサブプライム以降は、この流動性の有難みが実感されているようだ。また相続資産として不動産と比較する場合に流動性の良し悪しが語られる。

総じて、サブプライムは流動性危機であった。黒字倒産のようにキャッシュフローに目途が立たず破綻に追い込まれる例が続発した。FRB、ECB、日銀などが共同作戦でドル資金を市場に連携して供給することで、流動性危機が回避できたこともあった。銀行の取り付け騒ぎなども、預金が現金化できないかもしれないという切迫した不安感から起きた現象である。

投資のリターン=儲けと言ったって、利益確定の売りが成立してこそ初めて実現できるわけだ。それが出来なければ絵に描いた餅で終わってしまう。投資というのは、単に価格が上がった下がったということだけではない。流動性も大切な判断要素なのだということをサブプライムは苦い教訓として教えてくれた。

さて、足元の金市場は夏枯れという流動性不足状況。欧米の主要ディーラーは一斉に夏季休暇入り。その中で、ドルユーロと原油をにらみ急騰、急落が繰り返されている。あまりまともに見ないほうが賢明だ。

2009年