豊島逸夫の手帖

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表層雪崩を引き起こす"利上げ"のささやき

2009年12月7日

最初見た時は、「けたち」か?と思った。米雇用減の事前予想が125,000程度であったから、11,000の数字を見た時、一瞬、金曜夜の疲れ目で111,000の桁違いかと錯覚したのだ。目をこすって再度読み直したが、間違いない。11,000人だ。失業率も10.2%から10%へ下落。これは良いほうのサプライズであった。

これで有事対応のゼロ金利からの出口がついに見えた、との見方が急速に台頭。2010年6月までに、FRBが利上げに踏み切る可能性が、マーケットでは12月3日時点では34%とされていたのが、4日には66%にまで急上昇している。

これで、金利差で最も低金利のドルを売っていた投機筋が、まずドルキャリーの巻き戻しに出た。ドル急反発と同時に、金は急落を開始。50ドル以上下げた。その間、円は2円以上の急落。

さて、問題は、次の(12月の)米雇用が、どう出るか。もともと雇用統計というのは振れの激しい数字である。この勢いで12月も改善するとは考えにくい。しかし、来年2-3月には、雇用数が減少から小幅の増加に転じる可能性が出てきたとは言えよう。ただし、どう見ても、雇用数が劇的に改善とまでは期待できない。増えても、ちょぴり、という程度か。さらに雇用の中味もテンプなどの臨時雇用の増加が予想される。

従って、米国経済が、FRBが利上げに転換できるような本格的改善トレンドに乗るには、まだまだ時間がかかりそう。利上げのタイミングは、早くても2010年9月と見る。その間、マーケットはFOMC声明の行間に、利上げのニュアンスを探る英文解釈相場が続きそう。日経マネー筆者コラム「From ゴールド To  ワールド」に今月書いたことを読み直してほしい。豪ノルウエーなど資源国中心の利上げ出来る国と、米欧日など、そう簡単に利上げできない事情を持つ国と、はっきり分かれる。さらに12月21日発売の日経マネー2月号「2010年 大予測」の中では、森下千里さんとの対談で、ポイントは利上げのタイミングとして、詳しく語ってあるので活字になるはず。

エコノミスト誌11月24日号には、金特集の中で「焦点はドル金利。FRB出口戦略が金価格下落の引き金に」と題してこう書いた。「金市場の内部を見れば、NY先物の買い越し残高が史上最高の水準にあり、投機筋の買いが積み上がっている。例えれば、それは春の山にドカ雪が降り積もったようなもので、何かの物音でいつ表層雪崩が起きても不思議ではない。その物音は、FOMCの利上げというささやきになりそうだ。表層雪崩の結果、実需買いという根雪が露出してきたところが、長期的な金の下値となろう。」

利上げ時期については、今日発売のエコノミスト誌「2010年世界市場予測」の中の金の原稿で、「来年後半にずれこみそうな様相」と書いた。

今回の金の下げは、奇しくも先週金曜原稿の最後に紹介したジム・ロジャースの指摘のごとく、市場参加者のほとんどがドル弱気、金強気という同方向を向いたところで起きた。健全な調整と思う。

下がったとはいえ、まだ1160ドル。勝ち組のヘッジファンドは900ドルから買い始めているから、まだ余裕だ。しかも株価上昇のお蔭でヘッジポジションの金を売らずとも凌げる。

為替のドル円は90円を超す円安が想定外であっただけに、損切りのドル買い円売りの余波が残りそう。FX投資家には、かなりの怪我人が続出している様子。

ドル円のLIBOR銀行間金利は、0.1%程度の僅差で逆転したりして不安定なので、金利差による決定的要因は出にくい。ドルキャリー巻き戻しが出やすい市場環境とも言える。

構造要因では、普天間問題がホントに日米の深刻な問題化しつつあることが、欧米では円売り材料として浮上する可能性さえ絵空事とは言い切れないほどの切迫感がある。

日本国債格下げの可能性も円安要因として捨てきれない。これまで超円高という喧騒で掻き消されてきた円売り材料にも注意が必要となろう。少なくても、これまでのように安心してドルキャリー出来る環境ではなくなったと感じる。

2009年