豊島逸夫の手帖

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金を通してマーケットの潮流を読む

2009年6月11日

今朝は、金市場の視点から、今のマクロ経済、マーケット全体の流れを"魚の目"で見て、筆者流にまとめてみたい。

◎まず、金が"利上げ"という噂で売られている。ここから読めることを以下に書いてみた。

昨日オバマの演説を聴いていて耳に残ったことばが、いよいよこれからtough decision(厳しい決断)の時が来るというくだり。具体的には、財政赤字の超拡大に立ち向かい、財政規律を正常化するためには、減税撤廃とか、ばら撒き見直しを検討せねばならぬ。さらに通貨増発を正常化させるためには、"利上げ"など金融引き締めに転じることが必要になる。財政、金融両面の政策選択として、いよいよ国民の感じる"痛み"を伴う決断をせねばならぬ、ということだ。

筆者は若いとき自然気胸という外性ショックで肺の中の空気が抜けるというアクシデントに襲われ、両胸切開という大手術を受けたことがある。そのとき経験したことは、まず手術前には精神安定剤を処方され、手術中は全身麻酔で"痛み"を感じることもなかった。しかし、手術後は麻酔も切れ、寝返りうつ度に激痛に襲われ、さらに一番厳しかった(toughであった)のがリハビリ。深呼吸して肺の機能を回復させるのだが、これが息をするたびに手術の傷口が開いて滅法痛い。でも、それやらないと、一生、人工呼吸器を引きながら歩く生活になると医者に嚇され、必死にやったものだ。

米国経済は、正に、これから、そのリハビリ期間に入る。これまでは未曾有の財政出動と緊急資金投入というステロイド投与で痛みを和らげてきたのだが、そろそろ国民に本当の痛みに耐えてもらわないと、というオバマのメッセージであろう。

でも、国民がその痛みを拒否すれば、政府は結局、資金投入垂れ流しを選択するかもしれない。それを阻止するのがドクター・バーナンキの使命なのだが、彼の"任期"は来年一月にいったん切れる。その間、彼は、"あの医者の治療は痛い"と患者の間で疎まれ、"任期"切れ前に"人気"がなくなるかもしれない。中央銀行の独立性をどこまで守れるか。出口戦略とは 厄介なものである。

◎金投資需要面で、今年に入りダントツの伸びを示しているのが欧州(前年同期比600%↑)。とくに国別でドイツとスイスの二カ国に8割が集中。この両国は、欧州の中で金融システムが最も堅固と思われていた地域である。ここから読めることは。

一難去って、また一難があるとすれば、その余震の震源地は欧州。アイルランドの格下げ。バルト諸国など東欧の経済危機。そしてこれから実施され(結果は発表されない)欧州の銀行資産査定。じつは欧州の銀行が、まだ大量の高リスク証券化商品を抱えているという事実。ドイツでは旧態依然たる地方金融機関の経営問題が浮上している。ちょうど日本のペイオフ解禁前夜に銀行預金をおろして金を買うような動きが顕在化しワイドショーネタにまでなったことを思い出す。投資家心理は洋の東西問わず変わらないものと見える。本欄でも繰り返し、ユーロペシミズム(悲観論)台頭ということを述べてきたが、これは外為市場でユーロ安、ドル高要因となるので、ドル安と言われつつ、実際にはドル売りが膨らむと直ぐに手仕舞われる状況がまだ続きそう。

◎中国政府の金準備75%増強。民間部門でも中国が金需要世界一の座に就く。ここから読めることは。

中国政府は今後もCIC(政府系ファンド)やSAFE(外為準備局)を通じて非ドル資産へのリアロケーション(資産再配分)を加速させよう。その方法として、筆者は、第三者の欧米ファンドへ運用委託の可能性を論じてきたが、10日付けフィナンシャルタイムズ紙の22面に以下のような論旨のコラムが出ていて共感を覚えた。

"中国アルミのリオティント株取得(本欄3月6日付け"米中連合軍 暁の急襲その後"参照)が結局破談に終わった。やはり中国の対外投資に政治的目的は無いと彼らが主張しても、ホスト国は疑心暗鬼になっている。今後は、中国がunder the water=水面下で、ひっそり、こっそり、ごっそり(これは筆者の意訳)と、欧米に投資先を分散させる傾向が強まろう。その手段として、すでに顕在化しつつあるのだが、欧米のファンドマネージャーに運用委託を打診中だ。さらにヘッジファンドやPE(プライベート・エクイティー)も資金出資源の情報を開示する義務がないので、委託先として検討されている模様。"

そして、中国民間需要は底堅く、結局、世界経済成長が中国頼みみたいな構造になっている。しかし、その実態は、金需要が典型なのだが、中国が現状維持程度に対し、インドなど他の新興国が減少しているので中国が結果的に浮上している様相。ここからは世界経済縮小均衡の傾向が読み取れる。景気回復といっても、こじんまりとした経済均衡なのだね。全体のパイは縮んでいる。

◎金融危機感が後退と言われつつ、金が引き続き高値圏に留まる。そこから読めることは。

昨晩発表の米国ベージュブックでも、商業用不動産にまだ懸念が残るようなことが書かれていた。米国経済チャネルをみていても、next shoes to drop はcommercial mortgageか、という表現が頻繁に出てくる。次の危機は商業用不動産という意味だ。

大手米銀の公的資金返済がニュースになったが、実態は持てる銀行(haves)と持てない銀行(have nots)が乖離していると指摘されている。

havesとしては、
JPモルガン・チェース 250
ゴールドマンサックス  100
モルスタ        100、等等
(数字は公的資金投入額 億ドル単位)

Have notsとしては、
バンカメ        450
シティー        450
ウエルスファーゴ    250、 等等
(数字は公的資金投入額 億ドル単位)

Have notsのほうは、引き続き、あるいはさらに厳しい政府管理下で予断を許さず。退院してリハビリに移った銀行と、まだカラダ中が生命維持装置のパイプで繋がれER(緊急病棟)に入院中の銀行の差はさらに拡大しそう。

◎金市場は外為市場のドルの動きに加え、債券市場に非常に敏感になっている。 

じつは今のNY株式市場でも同様の現象が見られるのだが、これほどまでに米国債入札状況が相場の材料視されることは、かつて無かった。さらに米国債だけでなく、欧州やアジアの国債にも格下げ情報などが飛び交う。格付け機関のインドや台湾に対する見通しが、stable(安定)からnegative(要注意)に変わり、マレーシアやフィリピンなどでも国債利回り上昇傾向が見られる。共通して言えるのは、巨額財政出動=赤字が懸念されていること。そして企業の債務不履行件数もアジア経済危機以来の水準となりそうだ。ちなみに格付け変わらずが、オーストラリア、中国、香港などという。

本欄でも、今年になって、債券市場の話が目立って増えていることにお気づきと思う。ソブリンリスク(国家の債務不履行リスク)にマーケットは引き続き敏感となろう。

と、まぁ、"魚の目"の話はこれくらいにしておいて、"虫の目"で見ると。

昨晩は米国10年国債の入札が芳しくなく利回りは4%寸前の3.99%まで一時は急騰。NY株も、金利上昇をこれまでは景気好転の兆候と解釈して買い上げてきたところが、ここにきて住宅ローン金利上昇の顕在化という面に市場の注目が移って売り材料とされている。

金市場では、長期金利上昇をインフレの兆候と解釈して買い上げてきたところが、ここにきて短期金利、政策金利上昇(利上げ)の影に怯え、売り材料とされている。外為市場でも一昨晩はドル安、昨晩はドル高と猫の目のように変わるね。

さて、わが家の愛猫モモの目つきでも観察しながら、ドル円を占ってみるか...

2009年