豊島逸夫の手帖

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ルービニ ラリー

2009年7月17日

NY時間午前中は、CIT(中小企業向けノンバンク)の破たん報道で、方向感なくさまよっていたNY株式市場がNY大学ルービニ教授の「不景気は今年中に終わる」(ロイター電)の一言で急騰した。なぜ彼のコメントがそれほどまでに影響があるかというと、金融危機を予言し、Dr.Doom(この世の終わり説博士)というニックネームがついたほど悲観的見通しをこれまで連発していたから。

ところが、ところがである。丁度この原稿を書いていた日本時間今朝6時すぎになって、Dr.Doomがプレス向けに用意した原稿を読み上げた。「あの報道はout of context=主旨と異なる。私の見方はno different=変わっていない」と。その彼の見方とは、景気はW字型を辿り、二番底を見る。原油は年末までに100ドル。追加的景気刺激策も必要になり、財政赤字は更に膨張。失業率は米国で11%、欧州で10%。Green shoots=希望の緑の芽どころか、yellow weeds=枯れた雑草しか見えない。2009年はno growth=経済成長は見込めず。その後の回復もweak=弱い。いやはや、まさにDr.Doomの面目躍如であるね。

しかし、まぁ、ことほど左様にNY株は、期待感とかムードで大きく振れる。期待したい気持ちは分かるけど、ちょっとやりすぎじゃない。昨日日経夕刊の「ウオール街ラウンドアップ」というコラムにNY特派員が書いていた。「ムード先行、楽観論にわかに。市場心理はうつろいやすいものだが、これほどのムードの急変はなかなかお目にかかれるものではないだろう」。全く同感。実は、昨日の朝、ブログ更新しようと思って書き出したのだが、日々のマーケットを追って書くのが虚しく感じて止めてしまったのだった。

そんなNYマーケットを「虫の目」で見るより、もっと大事な「魚の目」と「鳥の目」で見えることが山ほどある。

―中国経済7.9%成長。バブルの兆しも。
やはり中国経済はしぶとい。それにつけても、と比べてしまうのがインド経済のもたつき。

―FRB 失業率見通し引き上げ。9.8%~10.1%。
やはり雇用なき回復か。

―米国の追加的刺激策はあるか。
財政出動の効果が実際に出るには時間がかかる。2月に決まった70兆円規模の第一弾の中身を見ても、例えば、高速道路、公共輸送システム、省エネ関連などに割り当てられた金額の中で、今年度中に使われるのは、わずか11%にすぎない。2010年末でやっと半分消化。2011年末でもまだ25%が未消化の見込みという。公共工事実施プロセスが長いのだ。ゼロから始まって、計画立案、用地買収、環境保護対策検討、契約書作成、入札等々。まだ、第一弾もまともに動き始めていないのに、第二弾まで決めてしまうと、どうなるか。結局、設備過剰の下に、ばら撒かれた過剰流動性だけがマグマのように沈澱する状況になりかねない。しかし、ワシントンの政局には、このような経済感覚は欠如しているから、シカゴの債券先物市場だけが国債乱発を嫌気して反応するのだ。

―オバマのハネムーンは完全に終わった。
7月1日の「金融危機から財政危機へ」で詳述したhealth care bills=医療関連法案が、ワシントンでの最大の政治問題化してオバマ政権を揺るがしかねない。米国民も健康に関する問題ゆえ、早く結果を求めている。
しかし、オバマが意外に根回しを丁寧に行う「政治家」タイプであることが徐々に見えてきて、支持者たちにも苛立ちが目立つ。「チェンジ」の掛声に乗ったけど、いつになったら「チェンジ」するの?早く結果を見せて、ショーミー!と迫っているわけだ。オバマも焦っている。来年10月には中間選挙が控えているから。それまでに「チェンジ」を「ショーミー」の声に応えられないと、「なんだ、ノロノロ構造改革と揶揄されたクリントン政権と変わらないじゃん」という評価を下されてしまう。
そもそもオバマはワシントンを既存権益の分捕り合戦の場(これを英語ではpork belly politicsという)から、真の国政の場にチェンジするために誕生したわけだし。本欄でいつだったか書いたが、オバマ自身も演説で、これからtough decision(きつい決断)をせねばならぬと述べ覚悟は決めているようだ。国民に、増税とか、ばら撒き予算削減などの痛みに耐えるように訴えねばならぬ、という意味だろう。4800万人にも達する健康保険未加入者を政府援助で強制加入させれば、毎年1兆ドル以上の追加的政府支出が必要になる。その財源だが、富裕層からの増税取り立てだけで果たしてどこまで賄えるのか?どう見ても無理筋に見える。国民の期待感と実態の間に大きなギャップがある。

筆者にも、枯れた雑草しか見えない。

さて、足元の金価格は930ドル台にまで反騰。900飛び台まで下放れたところで持ちこたえ、900ドル割れを見込んでカラ売った投機筋があきらめて買い戻した。930ドル以上は、ひとえにその買い戻しによるもの。新規買いは無い。金ETF残高は、かなりの減少。インドの実需も依然音無し。買い戻し一巡すると、後に続く買いが出てこない。インフレ懸念と言われても、足元のデフレを見るに、ちょっとピンとこない、というのが個人投資家の本音。

しかし、今のマーケットの状況は、集中豪雨の翌日に雨があがり薄日が見え始めた平野部に似ている。上流での前日の集中豪雨が翌日になって鉄砲水となり晴れ渡った下流の平野部を襲う、というシナリオを筆者はイメージしている。未曽有の財政出動、金融安定化のための巨額公的資金投入などの資金ジャブジャブ集中豪雨作戦の後遺症は、時間差攻撃でマーケットを襲うであろう。それを食い止められるか否かはバーナンキの出口戦略次第である。非常にリスクの高い正面突破作戦と言わねばなるまい。

2009年