豊島逸夫の手帖

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"お小遣い"という言葉の心地良い響き

2009年3月9日

子供と高齢者は"小遣い"という言葉に弱い。ましてや、"一生涯、毎年おこづかいが受け取れる、確かな資産も残せる年金保険"(今朝の某新聞に掲載の某銀行広告より)などと綺麗なカラー文字で書かれると、リスク開示文言に"株価や債券価格の下落、為替の変動などにより、積立金額、解約返戻金額が払込保険料を下回ることがあります"と白黒で書かれていても、カラーの文字言葉の甘い響きに惹かれてしまうと思う。

皮肉にも、同朝刊3面には"変額保険 撤退?縮小広がる、株安・円高で運用損膨らむ。銀行窓販ブレーキ"の記事が載った。でも、こういうニュース記事は、"お隣のおじいちゃんやおばあちゃん"には、ほとんど伝わらないし、債券価格が下落すると言われても、国債の価格が下がるということは全く理解されない。それでも、筆者が1月22日付け"ソブリンリスク"を書いたときには多くの反応があったから、その名前がつく超大型ファンドの多くの保有者が不安を感じているのだなと思ったものだ。

先ほどの広告なども、カラー文字で"今やリスクの無い資産などありません"と書くべきではないか。ほとんどの高齢者はリスク耐性が弱い。そのような人たちを"お小遣い"という言葉で誘惑するのは、罪つくりな話だと思うよ。"元本が保証されない"という言い回しより、"お小遣いをあげようにも元手がなくなることもあるんだよ、現に元手が今は減っているんだ。"と、はっきり言うべきでしょう。

筆者が、個人向けセミナーで開口一番、"皆さーん、メディアで金は安全資産と書かれているけれど 安全ではありませんよー"と語り始めると、会場内はシーンとする。主催者側が青くなっていることもあった。

でも、その後で1時間かけて、金のリスク、そしてメリットもじっくり説明すれば、なるほど、今やリスクの無い資産なんて無いのだから、分散して持てばいいわけね、と理解してもらえる。とはいえ1時間はたっぷりかかることも事実。

それからアマチュア相手に債券価格の下落の説明をするのは何回やっても難しいね。"債券価格↓ = 利回り↑"という関係が、counter-intuitiveというか(月曜朝一で咄嗟に適当な日本語が出てこないのだけど)、一般常識的に理解しづらいところなのだよね。

最近、筆者はアウエーのゲームが多いと書いてきたが、そこで販売第一線の方々とじっくり話をする機会が増えた。それが、皆、だいたい、いいひと達ばかり。本社からのマニュアルに従って粛々と"戦略指定商品"を売りに歩いている。コンプラ意識も高い。でも、結局は"お小遣い"をカラーで、リスクは"白黒"で語っているのだよね。

印象的なエピソードをひとつ。惨憺たる実績のある投信を保有している顧客に、それを売らせて他の商品に乗り換えさせる(コンプラ違反にはならない)テクニック。今まで保有の投信を見切り売りしなさい、などとは口が裂けても言えない。多くの場合、その顧客のほうは基準価格の下がり続けで不安がいっぱい。担当者の顔を見るなり、堰(せき)を切ったように、いかに心配かを語る。そこで担当者は、ジッとズッと顧客の目を見ながら、黙って頷きつつ、ひたすら聞き役に回り、"不安の吐露"が一通り終わったところで、ぽつりと、"心配ですよねぇ..."とつぶやくのだそうだ。それで半分以上の客は自ら解約を申し出るという。

筆者はセミナーで、常にまずは自分のリスク耐性を考えて、無理に投資するなと語ることにしている。所詮、リスク耐性は、そのひとのDNAで決まっているから訓練で強くなるわけでもない。(リスクにマヒしてしまった投資家はいくらでもいるけどね、否、いたけどね)。

無理にリターンとかキャッシュフローを求めて運用した結果が、ほとんどマイナスになってしまった時代だ。キャッシュフローを生まない"不毛の資産"と言われる金が買われ、アクティブ運用からパッシブ運用にトレンドがシフトしているということは、"運用しないことも立派な運用の一選択肢"という考えが、徐々に浸透しているということだろう。それで一番困るのがギョーカイなのだが...。

それにしてもアウエーの販売第一線を廻るたびに、皆、かなりヒマで手持無沙汰なことを実感する。

2009年