豊島逸夫の手帖

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小粒になったアメリカ人

2009年3月10日

最近米国人の友人たちと話していると、ライフスタイルも考えも小粒になったというか、丸くなったというか、これまでにない変化を感じる。"裸一貫から立身出世の道を歩む"というようなアメリカンドリームは、もはや過去の話になってしまうのか。

筆者が最初にシカゴやNYの取引所に派遣されたとき、そこで出会ったローカル(フロアーで自己リスクの相場を張る個人投機家で売買流動性を供給する貴重な存在だった)に、ハーバード卒の"インテリやくざ"のお兄さんがいた。30歳そこそこで、別荘2軒、高級車5台、美人ガールフレンド3名を抱え、これがアメリカンドリームか、よし、自分もがんばるぞ、と思ったものだ。(結果は、ひたすら妻に尽くす愛の"しもべ"となる、ジャパニーズドリームとなったが 笑)。

ところが、オバマの予算教書を読むと、アメリカンドリームを達成した全体の2%の富裕層から税金を取り立て、残りの98%の労働者に分け与えるという"ネズミ小僧"方式が鮮明に表れている。とくに健康保険には多くの予算を割き、低所得者にも対象を広げる方針だ。これは解雇の嵐が吹き荒れる状況の中で当然の政策である。失業してまず困るのは健康保険の問題だから。そして富める者から貧しき者へ所得を再配分する考えも、未曽有の大不況の中では至極当然の策である。

しかし、この考えが行き過ぎると、米国経済のダイナミズムの源であったアントレ スピリットを削ぐ結果にもなる。誰でも頑張ればリッチになれる。とくに相場の世界ではレバレッジを使う、fast track=早道があった。しかし、その優先レーンは、ディレバレッジの時代に入るや閉鎖された。そして、大きく稼いでも、結局、税金で持ってゆかれる、ということになる。その結果、今のアメリカ人の友人たちと話していると、日本人サラリーマン的なキャラがやたら増えてきたことを感じるのだ。

筆者は、欧米流の夕食前のカクテルタイムにいまだに馴染めない。空腹に水分をたっぷり摂取し、しかも立ちっぱなしで1時間でも平気で夕食前に雑談する。"こんなことして、あんたたち、ほんとに楽しいの?"と彼らに聞くと、意外にも"いや、実は、つまらない。早く帰宅したいのは、やまやま。だけど、このカクテルチャットに参加しないと、社内の情報から隔離されてしまうのが怖いのだよ"。これが本音であった。なんだ、日本人サラリーマンの居酒屋タイムと変わらんじゃん。アメリカ人も小粒になったな、と痛感したのだ。(外資系金融機関の米国人たちも、なにかソワソワして以前の勢いがなくなった...。)

そういえば、最近になって、やたらと"倹約の美徳"などという言葉がはやっているし、昔はカウチポテトと言われたが、さっさと帰宅してソファーの上でポテトチップかじりながらテレビとかPC画面にかじりつく世代が増えた。

金の世界にいると、宝飾産業を通じてファッショントレンドにも敏感になるのだが、今年の米国ファッションのキーワードはconnectivity、人との心のつながりというインナーなテーマである。2001年の米国同時多発テロの翌年にも同じようなテーマが見られたが、要は経済が壊滅的打撃を受けると、人間は内なるものを求めるのだね。

米国人の投資傾向も、株から債券へと、これまた地味なトレンドになっている。レバレッジ全盛期を現役として生き抜き、株でもかなりいい思いもさせてもらった米国版団塊の世代も、リタイア後にはディレバレッジの時代を生きることになった。そこで彼らの選択は株ではなく債券である。

今後の問題は、リタイア後に蓄えを現金化して生活してゆく過程で、大量の債券の売りが出ることであろう。とくに真っ先に売られそうなのが米国債だ。そしてどうなるかは、すでに週刊大衆まで書いているので、ここでは割愛する。

グローバル経済の長期的回復シナリオには、米国人が牽引役としてファイティング スピリットを取り戻すことが必須条件だと思う。残念ながら日本人、欧州人の民族的DNAには、それが欠如している。

その点、中国人は、米国人に最も近い。事実、socio-demographic studyと呼ばれる社会調査の結果では、米国人と中国人は発想が一番似かよっているそうだ。たしかに、広大な領地に異民族が同居するという環境は共通点が多い。でも、実際、中国で、順番待ちの行列にどんどん割り込まれると(そもそも順番待ちの行列にはならず、ただ殺到するだけ)、同じファイティング スピリットでも、世界経済を引っ張るのは、ちょっとまだ先のことかなと思ってしまう。

話はオバマに戻るが、彼の標榜する"チェンジ"は、middle-class crisis(脚注)=中産階級の危機からの脱却を目指している。それって、つまりは(旧)日本型の全員中産階級社会ということじゃないの?

バイアメリカンで保護主義傾向も明らか。彼らが内なるものに目を向ける傾向は当分変わらないと思う。NY相手に、"言われる前に言わないと置いて行かれる"電話会議を頻繁に深夜にやっている筆者から見れば、おとなしいアメリカ人って、なんかイメージしづらいけどねぇ...。

あ、そうだ、書き忘れたけど、外為市場でまたぞろ"ドル高"トレンドという解釈になり、ドルが"安全通貨"として買われているという説明。金が買われりゃ"金が安全資産として買われ"、円が買われりゃ"円が安全資産として買われ"、そしてドルが買われりゃ"ドルが安全資産として買われ"、もういい加減にしてほしいね。

この安全資産という日本語は 多分 英語のsafe haven(嵐の海を避け船が避難する港)から来ているのではないかと思うのだが、ニュアンスとしては、あくまで"駆け込み寺"という言葉に近い。その駆け込み寺が火事になることも最近では多発しているわけだ。避難港の譬えで言えば、防波堤を越えてサブプライム津波が直撃することも日常茶飯事ということか。正確な訳語としては"逃避資産"くらいが適当ではないかな、と思うのだが...。あるいは雨宿り資産でも、パーキング資産でもいいと思うよ。次の草鞋を脱ぐ宿は当分決まりそうにない。

(脚注)同じ英語でも、mid-life crisisというと"中年の危機"という意味になる。10年目の浮気とかね。以上、元祖バイリンおじさんの英語講座でした。

2009年