2009年4月21日
年金問題に関しては一般メディアで不正の話ばかりが報道されているが、実は最もヤバイことは、その運用である。不正による損失は億円単位であるが、運用による損失は兆円単位だ。それでも報道されることが少ないのは、一般メディアに、この問題を議論するに足る金融リテラシーが無いからだ。要は、"不正"を追及して、"お上はなにをしている。早急かつ真摯な対応が望まれる。"と結んでおけば格好はつく。
筆者は、この数年、年金業界との接点が増え、その運用の実態を見せつけられ愕然とした。とくに、将来の一年金受給者として。例えばGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)という、おそろしく長い名前が示唆するとおりの官僚的組織がある。ここに対して、厚労省の企国課(企業年金国民年金基金課)は、年金資産の予定運用利回り4.1%を求めている。今のマーケットで誰が年率4.1%のリターンを安定的に実現できるであろうか。少なくとも株式などのハイリターン、ハイリスク資産を組み入れなければ、実現不可能の目標値であるが、厚労省には強い株アレルギーがある。GPIFの前身である年金資金運用基金が2000年度から3年連続でマイナスリターンを計上したとき、国会にて公的運用で株投機に走るとは、いかがなものか、と集中砲火を受けた記憶が生ナマしく残っているからだ。
今、株価が歴史的低水準に低迷し、バリュエーションから見ても年金のような長期投資には正に今こそ買いどきなのに、"国民の理解を得ることが難しい"ということで動かない(動けない)。GPIFの運用委員会の人選にしても、"日銀政策決定会合並みに、偉い人が入れば"、国民の信頼も得られるという発想である。
民間の年金基金の運用も、惨憺たる状況だ。2008年度の年金パフォーマンスインデックス(運用の年間収益率の指数)は2年連続のマイナスで、過去最悪のマイナス17.7%。もう厚生年金も存続できないから解散したいというのが本音なれど、運用悪化による積立不足の拡大で、解散に必要な積立金を確保できないので解散したくても解散できず、というのが実態である。
100年に一度の金融危機なのだから、そういうイベントリスクからは免責されるという開き直りもある。それでも、運用手数料は、年金資産から規定どおり支払われているのだ。かかる事態に直面して、その反省から新たな運用思考も芽生えている。とくにワトソンワイアットとかラッセルなどの、いわゆる年金コンサルタント会社は、様々な"発想の転換"を提案する。
例えば、運用戦略の発想を"資産配分"から"リスク配分"へ転換する、という考えがある。これまでのリスク管理は、近代ポートフォリオ理論(MPT)に基づき、運用資産全体のリスクとリターンの最適ミックスを実現するという発想であった。しかし、この手法だと個別資産のリスクが覆い隠されてしまう。資産配分も、これまでの発想はリターンを重視して、株、債券、国内、海外などの運用比率が決定された。その結果は、先ほどの年金インデックスを見ても、国内株式-34.1%、外国株式-45%、転換社債-11.7%、外国債券-7.1%、そして国内債券+1.3%。こうなると、最も運用比率の高い国内債券は唯一プラスとはいえ、ほとんどリターンにもリスクにも影響を与えない。要はポートフォリオに入っていても入なくても、あまり意味がない資産になってしまった。低金利下では、債券組み入れによる分散効果も限定的。内外株式による分散も効かない。そこでリスク分散への貢献度をまず念頭に置いてアロケーションを組むと、当然、伝統的アセットクラスの配分が減り、非伝統的なREIT、ヘッジファンド、コモディティーなどの配分が厚くなる。(機関投資家の話になると、どうしても横文字が増えるのはご容赦。)
今後は、まず運用資産ごとのリスクのベクトル(強さと方向性)を認識することから資産配分決定のプロセスが始まるようになるのではないか、という。
ちなみに、米国では、もしGMが破綻すると、確定給付年金の支払保証機関であるPBGC(米年金給付保証公社)に、GMの135億ドルにのぼる年金債務が廻ってくる。ここでも、リスク引き受け役が民間から公的部門にシフトしているのだね。
同じ米国で退職年金基金全体を見れば、2008年に運用資産の3割近くが失われた。ところが、米国連邦政府職員の退職年金基金だけはプラス2%の運用となっている。これは運用の大部分を株式ではなく、米国政府発行の債券に投資していたためであるという。要は金利低下=債券価格上昇ということで、昨年通年でのプラスリターンを達成できたわけだが、そのしっぺ返しが今年後半から来年には強烈に来るかもしれないね。ここまで金利水準が下がれば、これ以上債券価格の上昇も期待できず、逆に金利急騰の可能性がちらつくから。かといって、米国連邦政府の職員退職年金が米国債売りに走るわけにもいかんでしょう。
それから筆者が年金業界を接するようになって感じることは、値段の高さ。年金セミナー参加費10万円以上が当たり前だし、スポンサーとなる金融機関は数百万円を払う。場所は一流ホテルの国際会議場など。当然、最近は降りるスポンサー金融機関が急増して、開催キャンセルのケースもある。業界紙も年間購読料が10万円以上。まぁ、これまで年金運用の世界でどれだけ甘い汁があったか、ということだね。
Buy side(年金運用を委託する年金基金サイド)とSell side(年金運用を受託する業者サイド)に分かれるのだが、sell sideは運用失敗のときのスケープゴートになることで、buy sideから高い運用報酬を得てきた。Buy sideは受託先に運用を丸投げして、うまく行かなければ別の受託機関に移すという堂々巡りである。運用責任に関してだけは、やたらに"分散効果"が働き特定できない。
さてさて、年金運用の話はこのぐらいにして、足元のマーケットはNY株急落。米国大手金融機関の決算が良ければ良いでマーケットが深読みする。"ちょっと良すぎるんとちゃう?バンカメも貸し倒れ金積み増し額がハンパやないで。" それに時価評価凍結など、ルールが朝令暮改のごとくクルクル変わるので、余計に疑心暗鬼になる。サッカーにたとえれば、ゲーム中にゴールポストが移動してしまう感じなのだ。
株価急落=外為のVIX指数(恐怖指数)と化したドル円は、円高。金融危機再悪化懸念で、金には再び買いが入り、プラチナは売り込まれる。虫の目で見ると、一喜一憂の展開。
欧米マーケットに流れる予測も、GFMS、UBSなどの強気派(1000-1100ドル)と、ソシエテジェネラル750ドルなどの弱気派に分かれてきた。欧米の投資需要増を重視するか、新興国の金需給だぶつきを重視するかが判断の分かれ目。なお、香港やシンガポールでは、最近現物買いより金ETF買いが増えていることも現地の話題となっている。アジアでも金投資家の世代交代が進行中ということか。
最後に今朝の日経の経済教室。主要国の非伝統的金融政策の"出口"に関する議論も必要という京大教授の論文。"経済危機の深刻化が懸念されれば、多くの中央銀行はさまざまな非伝統的金融政策に踏み込むだろう。しかし、出口についての目算がないまま劇薬を処方すると一時的に経済が好転しても将来に大きな禍根を残しかねないとも考えるだろう。"筆者が共感する内容である。金価格長期強気論の背景がまさにここにある。