2009年11月19日
ジョン・ポールソンといえば、サブプライム危機をいち早く察知して住宅関連証券や金融株を空売り(ショート)し、昨年ヘッジファンド全体のリターン平均がマイナス19%のところ、プラス36%を叩きだし一躍注目された業界3位の大手ヘッジファンドである。
その彼が、今年初めから段階的に今年の8月まで、金ETF、金鉱株(アングロ・ゴールド・アシャンティ、バリック)を大量に買い増した。彼の系列の運用総資産の半分近くが金関連とまで言われている。要は兆円単位を金につぎ込んだわけだ。
その彼が、来年1月に新ゴールドファンドを設立とのこと。彼自身も200億円は投資するという新ゴールドファンドの特徴は、金鉱株や金関連デリバティブを駆使して金価格自体をアウトパフォーム(上回る成績を残す)ことを目指すという点。
今回の新構想には賛否両論あるようだ。まず、サブプライム関連をショートした時と、今年初めに900ドル程度で金を購入したときは、いずれもマーケットが大騒ぎする以前、あるいは比較的早い段階であった。しかし、今回に限っては、すでにマーケットに高値警戒感が強まる中での追加的exposure(投資)である。
しかも、金価格そのものより遥かにボラティリティー(価格変動率)が高い金鉱株やデリバティブにベット(賭ける)するという、ハイリスクハイリターンの手法を敢えて選択している。下がったときのリスクもハンパではない。でも、900ドルの金を大量に保有していれば余裕である。
"This bull run is only beginning for gold."=金の上昇サイクルはまだ始まったばかりさ、と超強気。だから自分のカネも入れる。うーむ、筆者にはジム・ロジャースより、このジョン・ポールソンの言葉のほうが響くねぇ。
思うに、成功したヘッジファンドの共通の特徴として、マーケットのリスクを的確に探し出し、そこを徹底的に叩くことが挙げられる。住宅関連とか銀行セクターがリスクを孕むと見れば、そこを徹底的に叩く。その住宅関連債券をFRBが大量に買い取ると見れば、リスクは民から官に移行したわけで、今度は米国債を徹底的に叩く。米国債ショート(空売り)、金ロング(買い持ち)の投資戦略である。否、金ロングそのものが米ドル、米国債に対する不信任投票と言っていい。
この官に移転したリスクを、当局は当分の間、塩漬けにすることになりそう。ここがとても大事なポイントだよ!ということは、ポールソンの金保有も腰の据わったスタンスで今後3-5年の期間を見据えたものと筆者は解釈する。
勝ち組の余裕の判断には、素直にフォローすることにしよう。でも金価格のアウトパフォームまで目指すという、あくなきβの追求戦略には、やや危うさを感じるので個人的にはついてゆけない。金価格上昇のリターンだけで充分。別にそれ以上のものまで高望みはしない。
なお、これだけは気をつけねばならないことだが、これほどに金にマネーを入れ込むと、11月17日付け本欄で述べた「金の出口戦略」が大変に難しくなるということだ。要は、大量の金を、どうやって売り抜けるのかということ。ヒョッとすると、ポールソンがいつかは売るであろう金を、中国やインドがまとめて場外取引で引き取る、なんてシナリオも絵空事とは言えないような...。そのくらいに柔らか頭にしておかないと、今のダイナミックなマーケットにはついてゆけないのだ。
一方、金市場がいかに地殻変動しようとも、「買われたものはいつか売られる」という相場の大原則だけは変わらない。金市場は上がるのも早いけど、下げだすともっと早い。昨年、原油価格が140ドルをつけたとき、マーケットの大半は200ドル説に傾いていた。でも、そこが買いの臨界点で、その後30ドル台にまで暴落。そして、その後、再度80ドルにまで反騰。
原油、金、含めて資源価格が長期的上昇サイクルにあることには異論がないのだけれど、その過程には乱高下が待ち受ける。(原油ほど金は派手ではないけどね)。著書「金を通して世界を読む」24ページの「需給均衡価格の模索」のグラフを、改めて眺めてほしい。
コモディティーは長期的な新需給均衡点を模索している過程にある。そのプロセスでは、オーバーシュート(原油の140ドルのような)もあればアンダーシュート(原油の30ドルのような)もあり、オーバー、アンダーを繰り返しつつ、徐々に長期均衡点に収斂してゆく。金の場合は、今、需給均衡点からオーバーしている段階なのだと思う。でも、マーケットの構造的変化で需要曲線そのものは確実に右上にシフトしている。
このような「鳥の目」を持ったうえで、ポールソンの持つ「虫の目」あるいは「魚の目」の視点にも謙虚に耳を傾けるバランス感覚が必要と痛感している。